エッサイの樹
the tree of Jesse, l'arbre de Jessé
(上) Geertgen tot Sint Jans (Geertgen van Haarlem, 1460/65 - 1690/95),
De boom van Jesse, c. 1480, Rijksmuseum Amsterdam
「エッサイの樹」とはダヴィデ王の父エッサイ(註1)の家系という意味です。マタイによる福音書 1: 1 - 17 及びルカによる福音書 3:
23 - 37 の記述によると、聖母マリアの夫である
聖ヨセフはこの家系に属する人です。したがってイエズス・キリストは「エッサイの樹」に連なることになります。
イエズス・キリストは聖霊によって処女マリアから生まれましたから、聖ヨセフの血統とは直接の関係が無いわけですが、それでも福音書が聖ヨセフの血統を強調するのは、ダヴィデの家系からメシア(キリスト)が出るということが、旧約聖書の数々の箇所において預言されているからです。そのうちの一箇所である「イザヤ書」
11章 1 - 2節を、ヴルガタ訳と新共同訳によって引用いたします。
Et egredietur virga de radice Jesse,
et flos de radice ejus ascendet.
Et requiescet super eum spiritus Domini: |
... |
エッサイの株からひとつの芽が萌えいで
その根からひとつの若枝が育ち
その上に主の霊がとどまる。 |
中世以来、上記の預言を図像化した彫刻、絵画、ステンドグラス等の作品が数多く製作されました。上に掲げたヘールトヘン・トット・シント・ヤンスの作品は典型的な図像です。画面最下部において、エッサイが横臥しています。エッサイの姿勢は、神がエヴァを創造する際に眠りに就かされたアダムを思い起こさせます。エッサイの腹部からは太い樹が生え出でて、枝分かれしながらまっすぐ上に伸びてゆきます。途中の枝にはダヴィデ、ソロモンを初めとする旧約の王たちの姿が、最上部には聖母に抱かれた幼子イエズスの姿があります。エッサイとダヴィデの家系に連なるのは聖ヨセフであって聖母マリアではありませんが、エッサイの樹の頂点に聖母を配することにより、神の救世の計画における聖母の役割が強調されています。(註2)
「エッサイの樹」の図像表現がいつどこで始まったのか、定説はありません。下の図はイギリス、セイント・オールバンズ (St. Albans, Hertfordshire)
の修道院において 1140年から 1160年の間に製作されたと考えられるランベス・バイブル (the Lambeth Bible) のイザヤ書冒頭のイルミネーションで、中世のステンドグラス等に見られる標準的な図像に近い、最も早期の作例として知られています。最上部のイエズスを取り囲む7羽の鳩は、聖霊の七つの賜物(註3)を表します。四隅で巻物を手にしているのはイザヤ、エレミア、エゼキエル、ダニエルです。
ステンドグラスにおいて「エッサイの樹」が表現されたのは、修道院長シュジェール (Suger, c. 1081 - 1151) のもとで 1140年頃に製作されたサン・ドニの作例を嚆矢とします。このステンドグラスはその後大幅な改修が加えられ、原状を留めていませんが、1140年から 1150年にかけて製作された
シャルトル司教座聖堂の作例は、サン・ドニの作品に強く影響されていると考えられています。シャルトルの「エッサイの樹」は、西側正面、薔薇窓の右下にあります。
(下) シャルトル司教座聖堂のステンドグラス「エッサイの樹」
註1 ダヴィデは8人兄弟の末っ子で、上の3人の兄たちがサウルの軍でペリシテ人と戦っている間、サウルに仕えたり、ベツレヘムで父の羊の世話をしたりしていましたが(サムエル記上
17: 12 - 16)、ペリシテ人の大男ゴリアテを倒して、イスラエルに勝利を得させました。
(上) Caravaggio,
David and Goliath, undated, oil on canvas, El Museo del Prado, Madrid
註2 マタイ及びルカ福音書に記されている家系はいずれもヨセフのものであってマリアのものではありませんが、中世においてはマリアもまたエッサイの家系であると考えられることがありました。
註3 トマス・アクィナスは「スンマ・テオロギアエ」第二巻第二部の全体に亙って、聖霊の七つの賜物について論じています。ここで論じられるのは次の七つの徳です。
FIDES(信仰)、SPES(希望)、CARITAS(愛)
PRUDENTIA(思慮)、IUSTITIA(正義)、FORTITUDO(強さ)、TEMPERANTIA(節制)
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