掌を前に向けて表腕を広げ、あたかも十字架に掛かっているかのような姿勢を取る幼子イエズスと、幼子の体を支える若き聖母を浮き彫りにしたメダイ。イエズスは幼く無邪気ですし、ローマのトガのようにも見える衣をまとって金色の後光をいただく堂々たる姿に表されています。聖母はヴェールも被らず、心臓に剣も刺さっていません。歳若く、やつれてもおらず、美しく整った横顔を見せています。しかしそれでも悲しみに耐えるかのように瞑目して俯(うつむ)く聖母の姿は、マーテル・ドローローサ(悲しみの聖母)を思わせます。
マリアは「恩寵の器」として神に選ばれ、聖霊によって身ごもり、救い主を生みました。大天使ガブリエルから受胎を告知されたとき、マリアは喜んでエリザベトを訪ね、マーグニフィカト(わがこころ主をあがめ)を謳いました。しかし神の救世の計画は、神のひとり子が十字架上に刑死するという最も考え難い方法で実行され、そのためにマリアは、およそこの地上で起こりうる最も残酷な方法で、愛する我が子イエズスとの死別を経験しなければなりませんでした。
このメダイにおいて、十字架に架かる姿勢を取るイエズスをマリアが支える構図は、ひとりの母親が我が子を愛する限りない愛とともに、新生児イエズスをエルサレム神殿に奉献した際、シメオンの預言を聴いて心に宿った深い悲しみと、その悲しみに耐えるマリアの深い信仰を表しています。
画面右に彫刻家のサイン (E. T.) が刻まれています。左下に刻印された「ティソ M」(TISSOT M) は、メダイを鋳造した工房の名前でしょう。本品は浅浮き彫りによる作品ですが、三次元的な奥行きのみならず、深い精神性を感じさせる優れた美術品に仕上がっています。指先に載る小さなサイズにもかかわらず、人体各部を正確な比率で表現し、直径わずか
1、2ミリメートルの顔に豊かな感情が表現されており、優れた芸術的感覚と、並はずれた技量を持つメダイユ彫刻家の作品であることがよくわかります。
本品はおよそ百年前のフランスで鋳造された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず摩耗は無く、細部まで完全な状態で残っています。私はこれまでに多くのメダイを見て来ましたが、この作品はとりわけ心を揺さぶるもののひとつです。できることならずっと手許に置いておきたいとさえ思います。