「マリアの子ら会」(Congrégation des Enfants de Marie) のアンティーク・メダイ。いまから百数十年前、19世紀中頃のフランスで打刻によって制作されたものです。磨滅による丸みと経年による古色が、長い歳月の経過によってのみ得られる美を本品に与えています。
メダイの表(おもて)面には、聖母のほっそりとした美しい立ち姿を浅浮き彫りで表しています。聖母は「ヨハネの黙示録」 12:1に書かれている12の星の冠をかぶり、球体の上で苦しげにのたうつ蛇を踏みつけています。「創世記」
3:15 において、神は蛇に向かって次のように言っておられます。
お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に / わたしは敵意を置く。/ 彼はお前の頭を砕き、/お前は彼のかかとを砕く。(新共同訳)
神のこの言葉ゆえに、聖母は蛇の支配を受けず、その身に罪を帯びない無原罪の御宿りであると考えられ、蛇を踏みつける姿で描かれます。
本品は鋳造ではなく打刻によって制作されていますが、貨幣彫刻にも似た裏面の意匠とは異なり、こちらの面の聖母像はたおやかな女性らしさが巧みに表現されています。すなわち聖母は右足に体重を掛け、左の膝をわずかに曲げているために、薄い衣を通して左の太ももの丸みがわかるのをはじめ、流れるような衣の襞が巧みに表されているせいで、あたかも生身のマリアを見るかのように、優しい丸みを帯びた女性らしい体つきが見て取れます。右足に体重を懸け、頭部をわずかに左(向かって右)に傾げたコントラポストの姿勢は、球体の上に立つ聖母の内に潜在的な動きを与えており、両腕を広げて罪びとを招く姿勢に、聖母の方から罪びとに向かって、活きて働きかける愛を感じさせます。マントを大きく広げているのも、悔い改める罪びとを庇護し給う「ミゼリコルディア(憐み)の聖母」の御姿です。
(下) Francisco de Zurbarán, "La Virgen de las Cuevas", 1655, Museo de Bellas Artes de Sevilla
天上にあって常に働き給う聖母に対し、「マリアの子ら会」会員をはじめとする地上の罪びとたちのために執り成しを願うラテン語の祈りが、聖母像を囲むように刻まれています。
MONSTRA TE ESSE MATREM. 御身の母なるを示したまえ。
これは聖務日課及び聖母マリアの小聖務日課において唱えられる祈り、「アウェ、マリス・ステーッラ」(アヴェ、マリス・ステッラ AVE MARIS STELLA 「めでたし、海の星よ」)の一節です。1146年、クレルヴォーの聖ベルナール (St.
Bernard de Clairvaux, 1090 - 1153) がシュパイエル司教座聖堂にある聖母像の前でこの聖歌を繰り返し歌って聖母を讃えていると、聖母が胸を押して聖ベルナールの開いた口に乳を飛ばしたといわれています。この伝説において、聖母の乳はその甘さにより、聖ベルナールの弁舌の巧みさをも象徴しています。
(下) Alfonso Cano (1601 - 67), "Vision de St. Bernard", 1650, Museo del
Prado, Madrid
メダイの裏面には、聖母を表す星と、同じく聖母の象徴である百合が浮き彫りによって描かれています。百合が聖母の象徴とされるのは、旧約聖書「雅歌」2:2によります。当該の聖句は次の通りです。
Sicut lilium inter spinas, sic amica mea inter filias. (Nova Vulgata) おとめたちの中にいるわたしの恋人は 茨の中に咲きいでたゆりの花。
(新共同訳)
星と百合を囲むように、フランス語で 「コングレガシオン・デ・ザンファン・ド・マリ」(Congrégation des Enfants de
Marie マリアの子ら会) の文字が刻まれています。
本品は百数十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、非常に古い年代にもかかわらず、細部まで判別可能な状態で残っています。アンティークならではの美しさを備えた本品は、いわばメダイユ彫刻家が下ごしらえしたメダイユを、長い年月が仕上げた一品といえましょう。