「ルルドの聖母」をテーマに制作された長方形形のプラケット。「プラケット」(plaquette) とはフランス語で四角いメダイユを指します。長方形画面の四隅には様式化した植物を配置し、空間を産めて画面を引き締めるとともに、有機的曲線によってプラケットの直線的シルエットを和らげ、聖母にふさわしい優しさを表現しています。
表(おもて)面は 14 x 10ミリメートルの画面に、ノートル=ダム・ド・ルルド(Notre-Dame de Lourdes ルルドの聖母)の横顔を浮き彫りにしています。マリアはヴェールを被っています。「ルルドの聖母」が被るヴェールは彫刻の作者によってさまざまに表現されますが、本品のヴェールは軽やかな薄絹で、「祈り」すなわち「神との対話」を象徴するとともに、マリアが神に選ばれた「花嫁」であることをも表しています。
本品の浮き彫りにおいて、少女マリアは口許に微笑を浮かべつつ、天上に眼差しを注いでいます。家の中に突然天使が入ってきて、メシアの受胎を告知されるという異常な出来事にもかかわらず、少女マリアは「お言葉どおり、この身に成りますように」と答えました。アブラハムやヨブにも勝るこの信仰ゆえに、マリアは神の花嫁として選ばれたのです。本品を制作したメダイユ彫刻家は、優れた芸術的感覚と卓越した技量により、「無条件に神に付き随う信仰」という不可視の価値を、美しいマリア像に形象化しています。
裏面はマサビエルの岩場における聖母出現を再現しています。岩場に出現したマリアは右腕にロザリオを掛け、胸の前に両手を合わせて、「わたしは無原罪の御宿りです」と名乗っています。マリアは茨の繁みに裸足で立っているにもかかわらず、その足は傷ついていません。これはマリアが原罪をその身に帯びない「ロサ・ミスティカ」(ROSA
MYSTICA ラテン語で「神秘の薔薇」の意)であることを表します。ベルナデットは祈りを象徴するヴェールを被り、手首にロザリオを掛けて跪いています。胸の前に合わせたベルナデットの手は、シエルジュ(大ろうそく)を捧げ持っています。
上の写真に写っている定規のひと目盛は 1ミリメートルです。聖母の顔は磨滅していますが、ベルナデットを見ていただければ、頭部の直径はおよそ 1ミリメートルに過ぎないこと、目鼻口が表されているばかりか、聖母を見上げる敬虔な表情までもが、メダイユ彫刻家の人間離れした技術によって、あたかも生身の少女を眼前に見るかのように再現されていることがお分かりいただけます。
ベルナデットの傍らには脱いでそろえた靴と薪の束が置かれています。正確にいえば、薪拾いのベルナデットが靴を脱いで川を渡ったのは、聖母が一回目に出現したときです。しかるに本品の裏面に刻まれている聖母は、十六回目の出現時にベルナデットに名を問われ、「わたしは無原罪の御宿りです」と答えた際の姿です。歴史的事実とメダイの描写に齟齬(そご 食い違い)があるわけですが、聖母が「わたしは無原罪の御宿りです」と名乗り、その前に跪くベルナデットの傍らに靴と薪の束を配するのは、ルルドのメダイや聖画における定型化した表現となっています
ルルドのメダイは多くの作品が作られているだけに、浮き彫りの出来栄えにも大きな幅があります。本品は表が「聖母の横顔」、裏が「出現の光景」といずれもスタンダードな図柄ですが、いずれの面の浮き彫りも非常に優れた出来栄えであり、信心具のみに留まらない美術工芸品の水準に到達しています。
本品は八十年以上前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず保存状態は良好で、特筆すべき問題は何もありません。商品写真は実物の面積を百倍近くに拡大しているゆえに、突出部分の磨滅が容易に判別可能ですが、本品の磨滅はごく軽度であり、肉眼で実物を見ても全く気になりません。均一で美しいパティナ(古色)が、突出部分の金属光沢を引き立てています。