愛徳姉妹会とラザロ会の創設者、聖ヴァンサン・ド・ポール(St. Vincent de Paul, 1581 - 1660)を浮き彫りにしたメダイ。本品は修道会の設立三百周年記念に制作された作品と思われ、突出部分を除く直径は 30.8ミリメートル、最大の暑さは 3.6ミリメートルとたいへん立派なサイズです。10.5
グラムの重量は、五百円硬貨一枚半に相当します。
メダイの一方の面には、聖ヴァンサン・ド・ポール(St. Vincent de Paul, 1581 - 1660)の顔が写実的な浮き彫りで表されています。
聖ヴァンサン・ド・ポールは十七世紀前半から半ばのフランスに生きたカトリック司祭です。この時代のフランスは十六世紀後半のユグノー戦争で社会的基盤が破壊され、庶民の生活は貧窮の極にありました。聖ヴァンサン・ド・ポールは社会的弱者を心身ともに救うために、その後半生を捧げました。
聖ヴァンサン・ド・ポールは愛徳姉妹会及びラザロ会の設立者として知られています。
1617年12月12日、ヴァンサン・ド・ポールは貧者救済を目的に、シャティヨン=シュル=シャラロンヌの富裕な家庭の夫人たちを組織して、愛徳婦人会(les
Dames de la Charité)という慈善団体を設立しました。1627年に同地を辞したヴァンサン・ド・ポールは、1633年11月29日、クリシーに愛徳姉妹会(les
Filles de la Charité)を設立しました。同会の初代総長はルイーズ・ド・マリヤック(Louise de Marillac, 1591
- 1660)です。愛徳姉妹会は後に正式名称を聖ヴァンサン・ド・ポール愛徳姉妹会(Compagnie des Filles de la Charité
de Saint Vincent de Paul)と改め、別名を聖ヴァンサン・ド・ポール姉妹会(les Sœurs de Saint Vincent
de Paul)とも呼ばれています。同会の使命は病者の看護、及び貧者の心身の救済で、世界中に支部を広げており、わが国の本部は兵庫県神戸市垂水区にあります。
またヴァンサン・ド・ポールはド・ゴンディ夫人の資金援助を得て、1625年に宣教修道会(la Congrégation de la Mission)、通称ラザロ会(les
Lazaristes)を設立します。ラザロ会という通称は、フランスの本部修道院がパリのサン=ラザール(l'enclos Saint-Lazare)にあったことに由来します(註8)。同会はわが国ではヴィンセンシオの宣教会と呼ばれており、日本本部は愛徳姉妹会と同じ場所にあります。宣教修道会は、その名が示す通り、宣教師の育成を使命としており、1646年にはアルジェに、1648年にはマダガスカルに、1651年にはポーランドに、それぞれ最初の宣教師を送り出しています。
(上・参考写真) 「イエスを愛するはわが喜びのすべて。貧者に仕うるはわが幸いのすべて」 愛徳姉妹会のカニヴェ (ブアス=ルベル 図版番号 641) "Dieu et les pauvres", Bouasse-Lebel, No. 641, 1853 105 x 67 mm フランス 1853年 当店の商品です。
上の写真は愛徳姉妹会のカニヴェです。愛徳姉妹会は、レ・フィーユ・ド・ラ・シャリテ(仏 les Filles de la Charité 慈愛の娘たち)という名の通り、常に弱者とともにあり、弱者を愛し、弱者を援けることを任務としています。かつてフランスの看護師は愛徳姉妹会の修道女が多数を占めていましたし、老人や障害者、孤児、中毒者、移民、ホームレス等のための施設では、現在でも愛徳姉妹会の修道女たちが大勢活躍しています。
本品の浮き彫りにおいて、聖ヴァンサン・ド・ポールは被り物から覗く髪、顎髭の流れ、額と目じりに刻まれた皺などの細部に至るまで、極めて写実的に表現されています。こちらをまっすぐに見つめる聖人は、神が慈善事業を祝福し給うことを知るゆえに、口元に優しい微笑みを浮かべています。浮き彫りの優れた写実性とメダイの大きなサイズ、そして何よりもこの浮き彫りが有する優れた芸術性ゆえに、本品をじっと見ていると、生身の聖人に見(まみ)えるかのような錯覚を覚えます。
メダイ全体の様式及び浮き彫りの様式や、聖人を囲む「聖ヴァンサン・ド・ポール」の字体を手掛かりに判断して、本品の制作年代は 1920年代ないし
30年代でしょう。聖人が愛徳姉妹会を設立したのは 1633年、ラザロ会(宣教修道会)を設立したのは 1625年です。優れた浮き彫り彫刻による立派なサイズの本品は特別な機会にふさわしく、いずれかの修道会の設立三百周年記念に制作されたものであろうと思われます。
上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きなサイズに感じられます。
本品はおよそ八十年ないし九十年前のフランスで制作されたアンティーク品ですが、古い年代に関わらず極めて良好な保存状態であり、特筆すべき問題は何もありません。メダイの浮き彫りは立体的になればなるほど摩滅しやすいですが、本品は突出部分の銀めっきにわずかな剥落が認められるぐらいで、浮き彫り自体はまったく摩滅していません。銀の硫化による落ち着いた色合いは本品が歳月をかけて獲得したパティナ(古色)であり、真正のアンティーク品のみが有する美です。本品は古い物の趣(おもむき)を尊重し、表面の硫化銀を除去していませんが、新品のような状態がお好みであれば、練り歯磨きを付けて軽くこすることで簡単にクリーニングできます。