フランスの守護聖女、リジューの聖テレーズ(幼きイエズスの聖テレジア)のメダイ。薔薇を象(かたど)った小さなメダイに金めっきを施し、八角形の銀製小メダイを裏面に溶接しています。
薔薇は立体的で、手前の花弁部分には4ミリメートル近い厚みがあります。全体的にたいへん精巧な作りで、花びらや葉の凹凸はもちろんのこと、葉脈と鋸歯状の縁、茎の先端に至るまで、実物の薔薇さながらに丁寧に仕上げられています。拡大写真を見ると突出部分の金の剥落が識別できますが、これは肉眼で見てもまったくと言ってよいほどわかりません。金めっきの剥がれによる実用上の見苦しさは、まったくありません。
裏面の小メダイは 7 x 7ミリメートルの八角形で、十字架を抱く聖テレーズを浮き彫りにしています。小メダイには青色ガラスによるエマイユが部分的に残っており、「エマイユ・シュル・バス=タイユ」(l'émail
sur basse-taille 浅浮き彫りにエマイユ掛け)であったことがわかります。
本品は薔薇を象り、青色エマイユを掛けた八角形のメダイを裏面に取り付けているわけですが、「薔薇」「青」「八角形」にはそれぞれ意味があります。はじめに「薔薇」は愛の象徴です。またテレーズの象徴でもあり、聖母マリアの象徴でもあり、イエズス・キリストの受難の象徴、すなわち神の愛の象徴でもあります。次に、このメダイは八角形ですが、キリスト教において、「八」は山上の垂訓(マタイによる福音書
5~7章)に述べられた八つの徳、八つの幸福を表します。「八」という数字は、天地創造に要した日数すなわち完全数「七」の次の数であるゆえに、物事の新たな始まり、新生、生まれ変わり、新しい命の象徴でもあります。全身を水中に浸す洗礼が行われていた時代に、洗礼堂が八角形のプランで建てられていたのも、「八」が有するこの象徴性ゆえです。さらに、本品に掛けられたエマイユの「青」は天国の象徴であり、神そのものの象徴でもあり、聖母マリアの象徴でもあり、さらにはフランスの象徴でもあります。
本品の制作年代は 1940年代後半から1950年頃、すなわち第ニ次世界大戦の終結後間もない時期です。第二次世界大戦期、フランスは実質的にドイツの支配下にありました。憎しみが支配した第二次世界大戦が終わると、ドイツがフランスから撤退し、ヴィシー政権も倒れて、フランスは政治的統一を取り戻しましたが、フランス国民の間では、ドイツに協力的であった人とそうでなかった人の間に相変わらず憎しみと分裂がありました。
したがってこのメダイには、フランスの守護聖人である聖母マリアとリジューの聖テレーズに対して、戦争をくぐり抜けて再生したフランスへの加護を祈るとともに、憎しみではなく愛が支配する社会が再び復活するようにと願う気持ちが籠められています。
本品は 60年あまり前に制作されたメダイで、経年によりアンティーク品ならではの趣を備えています。数多くのメダイを扱う私の眼から見ても、新品時の意匠、古い物の味わいともに美しく、愛惜したい品物です。愛娘を嫁に出すような気持で出品いたします。