フランスの守護聖女、リジューの聖テレーズ(幼きイエズスの聖テレジア)のメダイ。
本品は1920年代あるいは 30年代頃のフランスで制作されたもので、メダイ全体が八重咲きの薔薇を模(かたど)っています。薔薇は愛の象徴であり、幼子イエズスを抱きしめたテレーズにいかにもふさわしいモティーフです。
本品の薔薇は上を向いているゆえに、花弁に囲まれた中心部がくぼみとなり、じっと見ていると花の中心に吸い込まれそうな錯覚を覚えます。私は本品を手にしたとき、ダンテの「カンディダ・ローザ」を思い浮かべました。この薔薇の中心は、きっと天国に繋がっているのでしょう。
ダンテ (Dante, 1265 - 1321) は「神曲」天国篇第三十一歌で、「カンディダ・ローザ」(la candida rosa イタリア語で「白い薔薇」)と名付けられた至高の第十天を謳っています。第三十一歌の冒頭から第十五行までを引用します。日本語訳は筆者(広川)によります。ダンテの原文は三行ずつが連を為す韻文ですが、筆者の訳はイタリア語の意味をできるだけ忠実に和訳することを主眼としたため、韻文になっていません。
1 | . | In forma dunque di candida rosa | そして白い薔薇の形を取って | |
2 | mi si mostrava la milizia santa | 聖人たちの群れが見えた。 | ||
3 | che nel suo sangue Cristo fece sposa; | キリストが御自身の血を以って花嫁と為し給うた人々である。 | ||
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4 | ma l'altra, che volando vede e canta | また別の群れは、空を飛びつつ見て謳う。 | ||
5 | la gloria di colui che la 'nnamora | 彼らを愛し給うた御方の栄光を。 | ||
6 | e la bontà che la fece cotanta, | 彼らをかくも幸福なる者と為し給うた善き御方を。 | ||
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7 | sì come schiera d'ape che s'infiora | 花に降り立つ蜜蜂の群れにもまったく似て、 | ||
8 | una fïata e una si ritorna | 彼らは次々に戻って行く。 | ||
9 | là dove suo laboro s'insapora, | その仕事に喜びを与えてくれる、あちらの場所へと。 | ||
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10 | nel gran fior discendeva che s'addorna | 彼らはたくさんの花弁に飾られた | ||
11 | di tante foglie, e quindi risaliva | 大きな花へと降りて行き、 | ||
12 | là dove 'l süo amor sempre soggiorna. | その愛の常に留まるところへと戻って行った。 | ||
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13 | Le facce tutte avean di fiamma viva | 彼ら皆の顔は活ける火に輝き、 | ||
14 | e l'ali d'oro, e l'altro tanto bianco, | その翼は黄金で、他の部分はあまりにも白く、 | ||
15 | che nulla neve a quel termine arriva. | どのような雪もその白さには届かない。 |
本品の薔薇は写実的でありながらも薄く作られ、花の厚みは優しいカーブを描いています。極端な突出部分が無いデザインは、身に着けると快適で、摩耗にも強く、ペンダントとして使うには理想的です。正面から見るとあたかも本物の花のような立体性を感じさせるのは、フランスのメダイユ彫刻家ならではの腕前です。
裏面には中心にテレーズの半身像を浮き彫りにし、周囲にラテン語で「幼きイエズスの聖テレジア」(SANCTA TERESIA A JESU INFANTE)
と書かれています。上の写真は実物のミニアチュール彫刻を 130倍強の面積に拡大しており、定規のひと目盛は1ミリメートルです。聖女の目鼻立ちは直径1.5ミリメートルの範囲内に収まります。文字の高さは
0.6ミリメートルです。
円形メダイを取り囲む花弁が、裏側であるにもかかわらずあたかも本物の花のように波打っていることに驚かされます。表(おもて)面から見た花弁の縁の仕上げといい、花弁の裏側の仕上げといい、本品はまるでファイン・ジュエリーを思わせる丁寧な作りです。指輪やペンダントなど、宝石と貴金属を使ったジュエリーの場合、裏側の仕上げを見ると本当に高級な品物であるかどうかが容易に判別できますが、メダイの場合もこれと同じことが言えます。本品は神に祈りを捧げるかのように、心を籠めて制作されたメダイユ彫刻であることがわかります。
本品はおよそ 70年ないし80年前に制作された真正のアンティーク品ですが、制作当時のままの良好な保存状態です。花など具体的な事物を模(かたど)るメダイは分厚くなりがちですが、本品は例外的な薄さであるゆえに着用しやすく、見た目にも上品で、あらゆる機会にお使いいただけます。