百年以上前のフランスで制作された聖ドミニコとロザリオの聖母のメダイ。縦 39ミリメートル、横 29ミリメートル、最大の厚さ 3.2ミリメートルと大きなサイズです。11.0グラムの重量は百円硬貨二枚分強に相当し、手に取ると心地良い重みを感じます。
メダイの一方の面には、グスマンの聖ドミニコ (St. Domingo de Guzman, 1170 - 1221) の半身像を大きく浮き彫りにしています。頭を剃り、修道衣を着た聖人は、右手に百合を、左手に祈祷書を持っています。百合は「神による選び」「摂理への信頼」「功徳と純潔」の象徴です。祈祷書はいうまでもなく祈りの象徴であり、百合が表す内容と響き合います。浮き彫り像を取り巻くように、聖人に執り成しを願う祈りがフランス語で刻まれています。
Saint Dominique, priez pour nous. 聖ドミニコよ、我らのために祈りたまえ。
本品の浮き彫りにはある程度の様式化が見られますが、横顔はたいへん写実的です。聖ドミニコが創設した「ドミニコ会」は、正式名称「説教者修道会」
(ORDO PRAEDICATORUM) といいます。本品に浮き彫りにされた聖ドミニコは、ひたすら天にのみ憧れて真上を仰ぐのではなく、地上で為すべき仕事を前方に見据えつつ、神の加護を祈っているように見えます。右手の百合と左手の祈祷書は、神が摂理によって助け給うことを信じ、祈りを武器に宣教に励む聖人の信仰を、聖人図像のアトリビュートによって可視化しています。
もう一方の面には、雲に乗って出現した「いと尊きロザリオの元后」(Reine de très Saint Rosaire)
が精緻な浮き彫りで表されています。聖ドミニコをはじめ、聖母を頼る人々に、聖母子はロザリオを授けています。マリアに執り成しを願う祈りが、聖母子を取り巻くようにフランス語で刻まれています。
Notre-Dame du Rosaire, priez pour nous. ロザリオの聖母よ、我らのために祈りたまえ。
「いと尊きロザリオの元后」は、聖母に執り成しを求める「ロレトの連祷」の一節です。
12世紀から13世紀前半、フランス南西部のラングドック地方は異端カタリ派の勢力圏でした。聖ドミニコはこの地方に滞在し、1206年、プルイユ(Prouille オクシタニー地域圏オード県)に修道院を創設して、カタリ派をカトリック教会に帰一させるべく奮闘しましたが、思わしい成果はなかなか得られませんでした。15世紀まで遡れる伝承によると、1208年、プルイユにおいて「ロザリオの聖母」が聖ドミニコに出現し、聖人にロザリオを授けました。強力な祈りの武器とも言うべきロザリオを与えられた聖ドミニコと同志たちは、このとき以降、カタリ派の改宗に成果を上げはじめました。
聖母子の浮き彫りは非常に精緻かつ写実的です。「ロレトの連祷」において聖母は「ロザリオの元后(女王)」と呼ばれていますが、本品に浮き彫りにされた聖母はまさに「女王」の名にふさわしい姿で、ローマの貴婦人のようなストラ(女性用長衣)を着用し、頭上に冠を戴いています。胸の膨らみと女性らしい体つきが、ストラ越しに見て取れます。聖母に抱かれたイエスは、聖母の堂々とした姿とは対照的に、精一杯に体をよじってロザリオを差し出す様子が如何にも幼子らしく、ほほえましくも感じられます。
上の写真に写っている定規のひと目盛は 1ミリメートルです。聖母子の顔や手はいずれも 1ミリメートルから 1.5ミリメートルほどの極小サイズですが、大型の彫刻作品に劣らず整った形に彫られています。聖母の顔は特に素晴らしい出来栄えで、実物を手に取って眺めると、角度によっては優しい表情で微笑んでおられるようにも見えます。
本品は百年以上前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、保存状態は全体的にきわめて良好で、細部までよく残っています。特筆すべき瑕疵(かし 欠点)は何ひとつありません。聖ドミニコのメダイも、ロザリオの聖母のメダイも、いずれも数が少なく手に入りにくい稀少品ですが、そのなかでも本品は優れたミニアチュール彫刻による大型の名品です。