フランスで制作された美しいルリケール。「ルリケール」(reliquaire) とは、前面がガラス張りになった容器や、奥行が深い額に、聖画や小聖像等を封入したもので、多くの場合、聖遺物あるいはこれに類する物を含みます。
ルリケールの中央には、直径およそ 4センチメートル、高さおよそ 1センチメートルの円筒状容器を配し、円形の聖画でカバーしています。
聖画は石版画によるもので、飼い葉桶の幼子イエズスと、幼子を礼拝する守護天使を描きます。聖なる幼子はすべての人を受け容れるように左手を広げ、右手は祝福の仕草をしています。神の愛と恩寵は光となって幼子から発出し、世の闇を照らしています。天使の額にも金の星が輝いています。
聖画はパプロールで飾られています。「パプロール」(paperoles) とは、長さ数ミリメートルないし十数ミリメートルのリボン状の紙片を羊歯(しだ)の芽状に巻いたもので、金銀の線細工を模して縁が金色に塗られています。周囲をパプロールで飾った聖画は、カトリック教会による反宗教改革とそれに続く時代、すなわち
16世紀及び 17世紀のフランドルでよく制作されました。パプロールによる装飾はたいへん華やかではありますが、金銀に比べてはるかに安価であり、これを取り入れた額入りの聖画は各家庭に普及して、邪視や疫病に対する護符としての役割を果たしました。これらの聖画はカニヴェの前駆となり、フランスに華やかな切り紙細工を開花させることになります。
本品の聖画を飾るパプロールには、オレンジ色の不透明ガラスによるビーズが取り付けられています。ビーズのうちの一個が落ちて、ルリケールのなかを自由に転がる状態になっています。ビーズはガラス製ですが、サイズが小さく、ごく軽量ですので、転がるビーズが他の部分を破損させることはありません。
聖画の周囲にはアルミニウム箔付きの紙が張られ、反射する光でルリケール内部を明るく照らしています。円筒状の枠の内縁には、多数のフルール・ド・リス(fleur de lys 百合の花文様)がパプロールで造形されています。フランスの象徴として知られるフルール・ド・リスは、白百合と同様に「純粋さ」「罪の無さ」「純潔」「処女性」等の象徴であり、聖母による庇護の象徴でもあります。また三位一体の象徴でもあります。
本品の中央部、聖画で被われた円筒の中に、聖遺物が収められているかどうか、収められているとすればどんな聖遺物であるかは、不明です。調べるためにはルリケールを開封し、中央の円筒部分を分解する必要がありますが、当店では破壊検査を実施しておりません。
幼子イエズスの聖遺物として知られているものには、ローマのサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂 (Basilica di Santa Maria Maggiore) に安置されている「サクラ・クッラ」(la
Sacra Culla 聖なるゆりかご)、ローマのサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ聖堂に安置されている「サン・トンビリック」(le Saint
Ombilic 聖なる臍帯)、フランス北東部ソワソン(Soissons ピカルディ地域圏エーヌ県)のベネディクト会修道院サン=メダール (l'abbaye
Saint-Médard) に安置されている「サン・ダン」(les Saints Dents 聖なる乳歯)等があり、またケルン司教座聖堂にはマギ(東方の三博士)の聖遺物がありますので、これらのものに触れさせた紙片か何かが封入されているのかもしれません。
本品はフランスの修道女が手作業で一点のみ制作した品物で、年代はおよそ百年前、1910年代頃と思われます。真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず、たいへん良好な保存状態です。直径 11センチメートルあまりと片手に載るぐらいのサイズであり、掛ける場所、置く場所を選びません。長い年月の間、一度も破損せず、開封もされず、制作時のままの状態を保っています。