ベル・エポック期のフランス、リモージュで製作された女性向け信心書。黒のカーフ革に金で型押しされた表紙は、アール・ヌーヴォーの工芸品にふさわしく、美しい曲線を描いています。見返しには金色の紙にスミレの花が散りばめられ、金と紫の組み合わせが、高貴さとともに女性らしい上品な華やぎを感じさせます。天地と小口には、天上の輝きを想起させる高品質の金箔が施され、聖母の栄光を表しています。遊び紙の右上に、フランス語による次の書き込みがあります。
Souvenir très affectueux à ma petite nièce Victoria, 5 juin 1901 大姪のヴィクトリアに、心をこめて。1901年6月5日
大姪(おおめい petite nièce)とは、甥または姪の娘のことです。最後に贈り主の署名がありますが、私には判読できません。
口絵の「聖母子」は19世紀の上質の書籍にふさわしく、インタリオ(スティール・フェイシングを施した銅版画)によって製作されています。この銅版画は、カニヴェをはじめ、数多くの美しい聖画で知られるエングレーヴァー、アンリ=マリ・ブアス (Henri-Marie Bouasse, 1828 - 1912) の作品で、絵の下部に「パリ、ブアス=ルベル」 (Bouasse-Lebel imprimateur et éditeur, Paris) の署名が刻まれています。
聖母子の衣と背景はエングレーヴィング、聖母子の顔と手足、聖母の髪とヴェール及び幼子イエズスの髪はエッチングによるものですが、間近で鑑賞する小品であるゆえに、いずれの技法による部分も非常に精密な作品となっています。
この書物は、15世紀以来広く読み継がれている「イミターティオ・クリスティ」("IMITATIO CHRISTI" 「キリストに倣いて」)を範に編まれています。「イミターティオ・クリスティ」はドイツの修道士トマス・ア・ケンピス
(Thomas a Kempis, Thomas von Kempen, c. 1380 - 1471) の手によると考えられている信心書で、イグナティウス・デ・ロヨラ
(Ignacio de Loyola, 1491- 1556) や、リジューの聖テレジア (1873 - 1897) といったカトリックのみならず、ジョン・ウェスレー (John Wesley, 1703 - 1791) や、ジョン・ニュートン (John
Henry Newton, 1725 - 1807) といったプロテスタントにも愛読されました。