紫色
couleur violet



(上) アール・デコ様式によるアメシストのペンダント 当店の商品


 紫は青と赤の中間に位置するゆえに、「中庸」「(極端に走らない)節度」「節制」「慎み」「心の平静」を表します。


 タロットの14は「節制」を表すカードです。このカードには、両手に持った水差しの間で生命の水をやり取りする人物あるいは天使が描かれています。「節制」を表すこの絵において、人物あるいは天使の衣の色、あるいは水差しの色は、赤と青になっています。生命の水は無色で、目に見えません。

 この絵が「節制」を表すということが分かり易いのは、一方の水差しが赤、もう一方の水差しが青に塗られている場合です。これら二つの水差しの間を行き来する水が、節制の生活を表すのです。水そのものは無色であって紫色ではありませんが、「赤」と「青」の均衡によって節制を表すタロット14番のシンボリズムは、「赤」と「青」の中間色であることによって節制を表す紫のシンボリズムに通じます。


 ヴィスコンティ・スフォルツァ・デッキ 14番


 また青は天、赤は地を表すゆえに、青と赤の中間色である紫は「精神と肉体の均衡」、さらに「知性と情熱の均衡」「熟慮」を表します。青は智、赤は愛を表すゆえに(註1)、紫は「智と愛の均衡」を表す色でもあります。

 紫色の宝石の代表格であるアメティスト(アメシスト)の語源はギリシア語の形容詞「アメテュストス」(ἀμέθυστος 「酔わない」)です。これは酒に酔わないという意味のみならず、誤った思い込みに直結しがちな精神的陶酔に陥らないという意味でもあります。それゆえアメティストの紫色は、霊的指導者である司教の衣の色とされました。また司教はアメティストの指輪を身に着けるしきたりでした。


(下・参考画像) ティツィアーノ 「教皇パウルス3世の肖像」 1543年 カンヴァスに油彩  114 x 89 センチメートル ナポリ、カポディモンテ美術館




 キリスト教において、紫はイエズス・キリストが受難の際、ローマ総督ピラトの兵士たちに着せられたマントの色として知られています。(マルコ 15: 17、ヨハネ 19: 2)(註2) 紫は王や皇帝が身に着ける高貴な色であるゆえに、ピラトの兵士たちは「ユダヤ人の王」イエズスをからかうために紫のマントを着せたのでしょうが、この紫色を神学的な象徴と解することも可能です。

 すなわち神性と人性の位格的結合 (UNIO HYPOSTATICA) により、イエズスは人となってこの世に生まれ給うたのですが、天と地、神と人の結合であるイエズスの衣の色として、天の青と地の赤の中間色である「紫」ほど相応しい色はありません。それゆえ公生涯の極点ともいうべき受難の場面において、救い主イエズスが着るべきは、紫の衣であったと考えることができます。中世の写本に紫色の羊皮紙が使われることがありますが、これは「受難の色」である紫色によって、イエズスの十字架を想起させるという意味合いがあります。


【近世以前の衣服における「赤みがかった紫」、あるいは「紫がかった赤」について】



(上・参考画像) ティツィアーノによる「エッケ・ホモー


 近世以前に行われた染色(繊維の着色)において、「紫」は現代の紫のように青味がかっておらず、「赤」に近い色でした。上に示したティツィアーノの絵においても、現代人の感覚からすれば「紫」よりも「赤」に近い色が使われています。近世以前の「紫」が「赤」に近いのは、現在の紫色を発色する染料・顔料が得られなかったという技術的理由に加え、色を混ぜることへの禁忌も関係しています。

 以下では新約聖書時代の布に使われた「紫」について、それがどのような色であったのかをギリシア語原文に当たって確認し、中世及びルネサンス期の布の「紫」についても簡略に述べます。


・福音書に記録された「紫」

 「マタイによる福音書」27章29節では、イエズスが着せられたマントの色は「赤」となっています。同福音書27章27節から31節を、ネストレ=アーラント26版、ノヴァ・ヴルガタ、及び新共同訳によって引用します。

    27 Τότε οἱ στρατιῶται τοῦ ἡγεμόνος παραλαβόντες τὸν Ἰησοῦν εἰς τὸ πραιτώριον συνήγαγον ἐπ' αὐτὸν ὅλην τὴν σπεῖραν. Tunc milites praesidis suscipientes Iesum in praetorio congregaverunt ad eum universam cohortem.
それから、総督の兵士たちは、イエスを総督官邸に連れて行き、部隊の全員をイエスの周りに集めた。
    28 καὶ ἐκδύσαντες αὐτὸν χλαμύδα κοκκίνην περιέθηκαν αὐτῷ, Et exuentes eum, clamydem coccineam circumdederunt ei
そして、イエスの着ている物をはぎ取り、赤い外套を着せ、
    29 καὶ πλέξαντες στέφανον ἐξ ἀκανθῶν ἐπέθηκαν ἐπὶ τῆς κεφαλῆς αὐτοῦ καὶ κάλαμον ἐν τῇ δεξιᾷ αὐτοῦ, καὶ γονυπετήσαντες ἔμπροσθεν αὐτοῦ ἐνέπαιξαν αὐτῷ λέγοντες, Χαῖρε, βασιλεῦ τῶν Ἰουδαίων, et plectentes coronam de spinis posuerunt super caput eius et arundinem in dextera eius et, genu flexo ante eum, illudebant ei dicentes: “ Ave, rex Iudaeorum! ”. 茨で冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、侮辱した。
    30 καὶ ἐμπτύσαντες εἰς αὐτὸν ἔλαβον τὸν κάλαμον καὶ ἔτυπτον εἰς τὴν κεφαλὴν αὐτοῦ. Et exspuentes in eum acceperunt arundinem et percutiebant caput eius.
また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた。
    31 καὶ ὅτε ἐνέπαιξαν αὐτῷ, ἐξέδυσαν αὐτὸν τὴν χλαμύδα καὶ ἐνέδυσαν αὐτὸν τὰ ἱμάτια αὐτοῦ, καὶ ἀπήγαγον αὐτὸν εἰς τὸ σταυρῶσαι. Et postquam illuserunt ei, exuerunt eum clamyde et induerunt eum vestimentis eius et duxerunt eum, ut crucifigerent.
このようにイエスを侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。


 上のテキスト中、29節において、ギリシア語では「コッキネーン」(κοκκίνην)、ラテン語では「コッキネアム」(COCCINEAM) という形容詞(いずれも女性単数対格形)が使われています。この形容詞はギリシア語で「カーミンカイガラムシ」を表す名詞「コッコス」(κὀκκος) に由来します。すなわち29節において「赤い外套」と訳されている衣の色は、より正確にいえばカーミンあるいはクリムゾン(紫がかった赤、赤みのある紫)であったことがわかります。

 マルコ 15: 17、ヨハネ 19: 2は、この色を「ポルピュルース」(πορφυροῦς 紫、パープル)と表現しています。該当箇所をネストレ=アーラント26版、ノヴァ・ヴルガタ、及び新共同訳によって引用します。

    マルコ 15: 17
    καὶ ἐνδιδύσκουσιν αὐτὸν πορφύραν καὶ περιτιθέασιν αὐτῷ πλέξαντες ἀκάνθινον στέφανον: Et induunt eum purpuram et imponunt ei plectentes spineam coronam; そして、イエスに紫の服を着せ、茨の冠を編んでかぶらせ、
    .
    ヨハネ 19: 2
    καὶ οἱ στρατιῶται πλέξαντες στέφανον ἐξ ἀκανθῶν ἐπέθηκαν αὐτοῦ τῇ κεφαλῇ, καὶ ἱμάτιον πορφυροῦν περιέβαλον αὐτόν, Et milites, plectentes coronam de spinis, imposuerunt capiti eius et veste purpurea circumdederunt eum; 兵士たちは茨で冠を編んでイエスの頭に載せ、紫の服をまとわせ、


 これらの箇所を読むと、新約聖書の時代の「紫」は現代の紫のように青味がかっておらず、ほとんど「赤」と呼んでよい色であったことがわかります。ティツィアーノが描いたイエズスや教皇の衣の色は、これらの箇所に記録されている色、すなわちカーミン(紫がかった赤)です。


・中世及びルネサンス期の「紫」

 「紫」がかなり赤味がかっているという状況は、中世においても変わりませんでした。我々は赤に青を混ぜると紫が簡単に得られることを知っていますが、このような紫の作り方は中世には存在しませんでした。これにはいくつかの理由があります。

・審美的理由

 まず第一に、審美的な理由としては、古代地中海世界及び中世初期(1000年頃まで)のヨーロッパにおいて、「青」が美しいと感じられなかったこと。ギリシア語、ラテン語には「青」を表す言葉が存在しません。フランス語の「ブリュ」(bleu) はゲルマン語から、「アジュール」(azur) はペルシア語からの借用であり、いずれもラテン語起源ではありません。この事実が端的に示すように、「青」は身に着けるべき色とは考えられませんでした。表す言葉さえ持たない「青」は、語るべき価値のない空虚な色、せいぜい壁画の背景に塗られるぐらいが関の山の無意味な色でした。当時のゲルマン人たちは体を青く塗って多神教の祭儀に参加し、乱交していたとの記録もあって、青は無価値、無意味であるのみならず、野蛮、堕落、不道徳の象徴でさえありました。したがって青味がかった鮮やかな紫を作るために必要な「青」の染料は、需要が無く、作られることもありませんでした。

 第二に、技術的な理由としては、青の染料を作るのが難しかったこと。これは第一の理由とも作用を及ぼし合います。有史以前の時代において「赤」「白」「黒」が好まれ、その嗜好は古典古代にも引き継がれました。これは青の染料が得られなかったためであろうと思われます。布地の色から青が排除されたのは、最初は純粋に技術的な理由であったはずですが、いったん取り残された青は、古典古代の地中海世界及び中世初期ヨーロッパの文明社会においても省みられることが無く、無意味な色、注目に値しない色であり続けました。したがって青味がかった鮮やかな紫を作るために必要な「青」の染料が作られることもありませんでした。

 第三に、社会的な理由。11, 12世紀以降、サン=ドニ聖堂のステンドグラスにおいて青の美しさが讃嘆され、各地の聖堂のステンドグラスや祭具のエマイユに青が使われるようになります。フランスでは王室の紋章に、金色のフルール=ド=リスの背景として青が採り入れられ、各地の王侯貴族もこれに倣います。喪の意味を籠めて黒く塗られていた聖母の衣も、青く塗られるようになります。「青」の地位がこのように劇的に向上したことに伴って、青い布も作られるようになりました。しかしながら中世の染物業は、扱う色や布の種類が業者ごとに厳しく定められていました。したがって同じ業者が異なる色の染料を扱うことは、原則的にありませんでした。特に青色が勢力を伸ばす過程において、赤の染物業者と青の染物業者は烈しく対立していましたので、染物業者が赤の染料と青の染料を混ぜ合わせるということは決して行われませんでした。

 第四に、宗教的な理由。中世は神への畏れの内に生きた時代であり、神の定め給うた秩序を乱すのは罪深く恐ろしいことであると考えられていました。したがって染物に関しても、色を混ぜ合わせたり、斑(まだら)模様や縞模様に染めたりすることは禁忌に触れると考えられました。フール(英 fool)は斑模様や縞模様の服を着て、王をからかっても罰せられませんが、それはフールが秩序の外にある存在だからです。ハーメルンの笛吹き男(独 der Rattenfänger von Hameln)は英語でパイド・パイパー・オヴ・ハムラン(英 the Pied Piper of Hamelin)といいますが、これは「ハムラン(ハーメルン)の斑(まだら pied)の笛吹き(piper)」という意味で、不気味な笛吹き男はその名の通り、奇妙な色遣いの派手な服を着ています。この服装は子供たちを連れ去った笛吹き男が、この世界の外からやって来たことを示します。これらの例とは逆に、神の秩序が支配する世界においては、赤と青が一枚の布地に同居することもなかったし、赤と青を混ぜ合わせて紫が作られることもなかったのです。


 「紫」という色名を聞いて現代人が思い浮かべるような、青味がかった鮮やかな紫の布地は、これらの障碍がすべて無くならなければ作れません。また実際の歴史においては、新世界からもたらされたコチニールがケルメスよりもずっと少量で効力を発揮し、これを元にした鮮やかな紫色染料が普及することになります。

 自然界にあっては、例えば鉱物や生物の色として、色相環上のあらゆる色が存在します。コランダムには灰色以外の全色がありますし、花の色、鳥の羽の色、魚の色もさまざまです。しかしながら人間の社会においては、色が歴史的存在であるということが、染色の歴史を見るとよくわかります。



註1 伝統的キリスト教図像において、セラフィム(熾天使)は赤、ケルビム(智天使)は青で表されます。

 下に示したのはライヒェナウ派による10世紀末のイザヤ書挿絵で、愛(赤)の光と智(青)の光が神から発出しています。




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