フランスの彫刻家ラウル・ラムルドデュによる円形メダイユ。ブロンズを使って鋳造されています。
部屋の中がようやく明るくなり始めた早朝。レースのカーテンを掛けたベビー・ベッドで眠る幼子を、若き母が見守っています。愛しいわが子を、本当は今すぐにでも抱きしめたいのですが、赤ちゃんの目を覚まさせるにはまだ時刻が早すぎます。母は両腕を伸ばし、あたかも幼子を優しく抱くように、ベッドの縁に添えています。
赤ちゃんが目を覚ますまでにしておかなければいけない用事もあるのですが、母の足は自然とベビー・ベッドに向かいます。早朝の柔らかい光に包まれた幼子を眺めながら、母は少しのあいだ手を休め、愛のまなざしを注いでいます。今日もまた、わが子とともに過ごす忙しくも幸福な一日となることでしょう。
メダイユの右下に、メダイユ彫刻家ラウル・ラムルドデュ(Raoul Eugène Lamourdedieu, 1877 - 1953) のサインが刻まれています。
ラウル・ラムルドデュは、アキテーヌ(フランス南西部)に生まれ、二十歳の時にパリに出て、国立高等美術学校(l'École nationale
supérieure des beaux-arts de Paris, ENSBA)においてアレクサンドル・シャルパンティエに師事しました。美しい裸体、母子像、女性像を得意とし、象徴性に富むその作風は、オーギュスト・ロダンに「彫刻界のピュヴィス・ド・シャヴァンヌ」と評されました。
メダイユの裏面には、朝の鐘を鳴らそうとするふたりのプッティ(バロック絵画風の童子)が浮き彫りにされています。右側の童子が紐を引き、大きな音で鐘を鳴らそうしたところ、左側の童子が慌てて飛んできて鐘の舌(ぜつ)を押さえ、「赤ちゃんがまだ眠っているよ」と教えています。
メダイユの右下にラウル・ラムルドデュのサインが刻まれています。
ラウル・ラムルドデュの作品において特筆すべきは、柔らかな肌や布、さらには雲や光など不定形なものの表現です。
メダイユ彫刻家の仕事でも、貨幣彫刻においては細部をくっきりと表現することが求められ、19世紀半ば頃までに制作されたメダイユ彫刻も貨幣と同様に明瞭な線で構成されます。しかしながら
19世紀後半以降の美術メダイユにおいては、あたかもスフマート(伊 sfumato)のように輪郭をぼかし、あるいは高低差 0.1ミリメートルにも満たない凹凸によって雲や光を表現する作品が現れます。
本品をはじめ、ラウル・ラムルドデュによる一連の作品もこの系譜に属します。本品の表(おもて)面に彫られた柔らかいレースや母の衣装、裏面に彫られた雲の表現は見事ですし、いずれの面の背景も単調な平面ではなくて、微妙な濃淡が入り混じって、あたかも油絵を思わせます。色を使わず、ブロンズの凹凸だけで絵画的表現を成し遂げるのは、メダイユ彫刻家の優れた芸術的感覚と超絶的な技術のみがなせる業です。
本品は百年近く前のフランスで制作された真正のアンティーク品で、美しく均一なパティナ(古色)に被われています。古い品物であるにもかかわらず保存状態は良好です。突出部分に磨滅は無く、その他の特筆すべき問題もまったくありません。