仕事が終わる夕刻、教会から聞こえてくるアンジェラスの鐘に祈りを捧げる農夫と羊飼いの母子を刻んだメダイユ。銀めっきを施したブロンズ製メダイユは、上部がアーチ型になったクラシカルなシルエットで、縁に「ブロンズ」(BRONZE)
の文字とホールマークが刻まれています。
一方の面では、羊飼いの母子が、野辺の十字架の土台に腰掛けています。膝の上に乗せた幼子の小さな手を、母は自分の手で包み込み、今日のひと日を守り給うた神への感謝の祈りを、幼子とともに捧げています。沈みゆく太陽の光が美しく染め上げた空には、次の韻文が記されています。
C'est l'Angelus qui tinte et rappelle en tout lieu | アンジェラスの鐘あまねく響きて人思ふ。 |
que le matin des jours et le soir sont a Dieu. | 日々の朝、日々の夕べ、これすべて神のものなるを。 |
これはラマルティーヌ (Alphonse Marie Louis de Prat de Lamartine, 1790 - 1869) の詩集「ジョスラン」("Jocelyn", 1836) に収録された 1801年5月16日の作品、「レ・ラブルール」("Les Laboureurs" 「働く人たち」)からの引用です。言語はフランス語ですが、ラテン語式綴りを用いてすべて大文字で記されているために、たいへんクラシカルな印象を受けます。
ミレーの名画「アンジェラス」が「晩鐘」と訳されているように、 アンジェラス (Angelus) は夕方の祈りのイメージを持たれがちですが、実際にはイエズス・キリストの受肉を記念して、朝6時、正午、夕方6時に行われる祈りです。信仰篤い人たちは、一日の生活の節目ごとに神の愛を思い起こし、明日の憂いに悩むことなく、神の恵みと加護を信じて感謝の祈りを捧げたのです。
メダイユのもう一方の面にはアンジェラスの鐘が響くなか、頭を垂れて野辺に祈る男性が刻まれています。男性は畑仕事を終えたところなのでしょう。犂に繋がれた二頭の牛は静かに休んでおり、脇には一頭の犬が祈る男性を見上げています。初夏の太陽はちょうど西の丘に隠れたところで、丘の手前には刈り入れを終えた麦畑が広がっています。
メダイユの両面とも、中心のテーマである人物像が丁寧に製作されているのはもちろんのこと、動物たちや地面に置かれた物、木の葉や草の葉、土くれのひとつひとつまで、まるで手に取るように写実的に描かれています。
この作品に限らず、メダイユ彫刻において、背景から最も盛り上がった部分の高さは概ね1ミリメートル未満、ときに0.5ミリメートル未満です。そのようなわずかな厚みの差によって、これだけの立体感と遠近感、さらにこの作品の場合は空気遠近法によるぼかしまでを表現してしまう彫刻家の技量と才能は、真に驚嘆に値します。
両面の下端部に、メダイユ彫刻家ジョルジュ・デュプレ (Georges Dupre, 1869 - 1909) の署名が刻まれています。ジョルジュ・デュプレは第14代フランス貨幣彫刻師 (Graveur general des monnaies) にして高名なメダイユ彫刻家でもあったオギュスタン・デュプレ (Augustin Dupré, 1748 - 1833) の大甥(兄弟の孫)です。パリ高等美術学校 (Ecole Nationale Superieure des Beaux-arts, ENSB-A)
でメダイユ彫刻を学んだジョルジュはその優れた才能を開花させ、1896年にローマ賞プルミエ・グラン・プリ(特賞)を獲得しました。
メダイユは箱に入って保存されていたために、100年以上前のものとは信じがたいほどの良好なコンディションです。銀メッキのはがれも無く、特筆すべき疵(きず)や摩耗もありません。鋳造当時のままの状態です。