人類史上初の大量殺戮戦となった第一次世界大戦では、多数の戦死者、戦災死者とともに、たいへんな数の子供たちが戦争孤児、戦災孤児となりました。戦時下のフランスでは、1916年11月1,
2日を「全仏孤児の日」(journée nationale des orphelins) とし、戦争孤児、戦災孤児援助の資金を集めるべく、全国民に広く募金が呼び掛けられました。
円くないメダイユをプラケット(仏 plaquette)といいます。本品は「全仏孤児の日」のために制作された小さなプラケットで、フランスで活躍したオーストリア生まれの芸術家、シャルル・フェルステル(Charles
Foerster)による作品です。プラケット全体は東洋の釣り鐘型のシルエットで、戦争寡婦の膝に抱かれた幼い子供が柔らかいタッチで浮き彫りにされています。
メダイユやプラケットに施される浮き彫り彫刻は金属の凹凸によって事物を表現する三次元の芸術ですが、描かれる対象が背景から完全に独立していないゆえに、二次元の絵画との共通性を有します。ただし絵画においては輪郭をぼかすことも奥行きを表現することも容易ですが、すべての表現を金属の凹凸に依拠する浮き彫り彫刻においては、これらを実現することが非常に困難となります。
この作品において、フェルステルはあたかも絵具で描いたかのように微妙な凹凸を背景に、母子の姿を優しいタッチで暈(ぼか)して表現しています。母子の表情と衣類、母の手はすべて柔らかで、背景に融け込みそうに見えます。
母子の背景に見える大きく育った木々は、頼もしい大人たちの象(かたど)りです。母子の右(向かって左)に見える鉢植えの若木は、これから成長する力と未来の可能性において、また慈しみ守られるべき弱さにおいて、母に抱かれる幼子と重なり合います。
浮き彫り彫刻において、本品のように暈した表現は非常に難しい技法であり、シャルル・フェルステルが才能豊かな芸術家であったことを雄弁に物語る作品となっています。
母の右肩付近に 1916年の年号が刻まれています。その下には芸術家の署名(Ch. Foerster)が縦に刻まれています。母子の頭上には「ジュルネ・デ・ゾルフラン」(journée des orphelins フランス語で「孤児の日」)の文字が打刻されています。
(上・参考画像) シャルル・フェルステル作 「プラケット 全仏孤児の日」 1916年の型を用いて 1917年に作られたプラケット 当店の販売済み商品
当店では本品と同一の型による金色のプラケットを扱ったことがありますが、金色のプラケットと本品を比べると、本品ではフェルステルの署名と "1916"
の文字が確認できますが、金色のプラケットでは母子の右(向かって左)に置かれた鉢植えの木が目立たず、小さな文字も消えています。これはおそらく型が摩滅したせいで、本品のほうが金色のプラケットよりも早い時期に作られたことが分かります。
メダイユの裏面にフランス語で「1914、1915、1916年の戦争」(Guerre 1914, 1915, 1916) と記されているのは、第一次世界大戦(1914
- 1918年)のことです。このメダイユが作成された時点(1916年11月)では、戦争終結が1918年になること、その後に第二次世界大戦が起こることはまだ知られていませんので、当然のことながら「第一次世界大戦」(la
Première Guerre mondiale) という表現は使われていません。
本品は百年あまり前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、細部までよく残り、良好な保存状態です。写真で見ると表(おもて)面の突出部分のめっきが剥がれ、ブロンズが露出しているのがわかりますが、肉眼で実物を見ても全く気になりません。浮き彫り彫刻で暈しを実現した本品は、フランス製メダイユならではの高度な水準で制作された美しい芸術品です。