薔薇と小鳥、蝶を描いた香水店の小品版画。質が良く厚みのある中性紙に刷られたクロモリトグラフ(多色刷り石版画)です。薔薇は愛と美、春を象徴するアフロディーテー(ウェヌス)の花、また聖母マリアの花として古来愛好されたモティーフですが、これを蝶や鳥と組み合わせるのは、19世紀のヨーロッパを席捲したジャポニスム(日本趣味)の影響です。
表(おもて)面には、メッセージや宛名を書くための白い四辺形を囲んで、薔薇の花々が咲き乱れています。花は小鳥や蝶と比べてずいぶんと大きく描かれています。いまにも芳香が漂ってきそうな大輪の薔薇は、香水店のメッセージ・カードにぴったりです。
薔薇は19世紀のフランスでとりわけ愛された花です。ナポレオン1世の妻ジョゼフィーヌ (Marie-Josephe-Rose de Tascher de La Pagerie, dite Josephine de Beauharnais, 1763 - 1814) は薔薇の熱烈な愛好家で、マルメゾンの居城に薔薇園を造り、240種類以上の薔薇を栽培していました。このうちの3割は外国のもので、ジョゼフィーヌはナポレオン戦争の最中にも敵国と交渉し、薔薇を手に入れていました。1867年には最初のモダン・ローズとして知られる大輪のハイブリッド・ティー・ローズ (hybride de thé)、「ラ・フランス」(la France) が生み出されました。
本品の裏面は、パリ、ヴィクトリア通り5番地にあった香水店「ラファン」(RAFIN) のグリセリン石鹸、「クレーム・ラファン」の広告で、マシュマロのような泡立ち、優れた保湿効果、良い香りといった特長が列挙されています。本品にはもともと東洋をイメージした香水が滲み込ませてあったらしく、香水の宣伝も書かれています。裏面最下部にはリトグラフを製作した印刷工房の名前が記されています。
本品は百数十年前のパリで製作されたものですが、それほどまでに古い物とは思えないほど良好な保存状態です。