プラハの幼子イエズス
Infant Jesus of Prague


 プラハの幼子イエズスの聖画

 跣足カルメル会 勝利の聖母教会

 プラハにある跣足カルメル会の「勝利の聖母教会」に、中世に製作された幼子イエズスの像、「プラハの幼子イエズス」があります。この像は17世紀の初めにスペインの王子が結婚祝いに母から贈られた聖像をプラハに持ち込んだもので、その後跣足カルメル会の手に渡り、チャペルに安置されました。

 三十年戦争 (1618 - 1648) さなかの1631年、プラハはルター派であるグスタフ・アドルフのスウェーデン軍に占領され、勝利の聖母教会も略奪を受けました。幼子イエズスの像はその際に祭壇の裏に投げ捨てられて両手が取れ、そのまま放置されていましたが、1637年にキリルス (Cyrillus) という名の司祭がこれを見つけてチャペルに安置しました。

 ある日キリルス神父が像の前で祈っていると、「我を憐れめ。さすれば汝を憐れまん。我に両手を付けよ。さすれば汝に平和を与えん。汝の我を崇むるごとくに、我、汝を祝福せん」という声が聞こえました。

 プラハの幼子イエズスの像は毎年数千人の巡礼者を集めています。この像が起こした奇跡によって病気が治癒したという巡礼者も多く、これを写した像は数多くのカトリック教会に置かれています。


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