銀無垢の高級品 世界軸なるモンセラート 黒い聖母の巡礼記念メダイ 十字架から発出する恩寵の光 29.0 x 22.6 mm


突出部分を含むサイズ 縦 29.0 x 横 22.6 mm

スペイン  十九世紀後半から二十世紀初頭



 カタルニャ(カタロニア)の守護聖女、ヌエストラ=セニョラ・デ・モンセラート(モンセラートの聖母)は 1861年、スペインの聖母子像として初めて戴冠しました。また 1884年には教皇レオ十三世がヌエストラ=セニョラ・デ・モンセラートをカタルニャの守護聖女と宣言し、固有のミサと聖務日課を認可しました。本品はこれらの出来事からあまり時間が経たない時代に制作された巡礼記念の品です。





 本品のシルエットは多数の突出部分があり、花か星を様式化した図形のようにも見えます。注意深く観察すると、このシルエットは中心に正方形があって、正方形の四辺から、フルール・ド・リス(仏 fleur de lys 百合の花模様)もしくはパルメット(仏 palmette/palmettes 椰子の木模様)、アンテミオン(希 ἀνθέμιον/ἀνθέμια 小花模様)が突出していることがわかります。




(上) フランスのアンティーク・クルシフィクス 当店の販売済み商品


 フルール・ド・リスあるいはパルメット状の突出が短いゆえに、一見して気付きにくいですが、本品のシルエットは十字架を象(かたど)っています。すなわち本品のシルエットは上に示すような十字架の変形で、縦木と横木が短いゆえに花または星のように見えています。正方形部分は十字架の交差部であり、その上の円形は救い主の後光に他ならないことがわかります。





 表(おもて)面中央の円光内にはモンセラートの峨峨(がが)たる岩山を背景に、戴冠した聖母子像を大きく表します。聖母子は豪華な刺繍に飾られた衣を身にまとい、聖母の膝に抱かれた幼子イエスは小さな冠を、聖母は大きな冠を、それぞれ頭上に戴いています。ヌエストラ=セニョラ・デ・モンセラートは 1861年、スペインの聖母像としてはじめて正式に戴冠しました。聖母子が被るのは、このときの冠です。


 円錐形の衣を着ているせいで聖母子像の形状が分かりにくいですが、ヌエストラ=セニョラ・デ・モンセラートは幼子を膝に乗せたロマネスク様式の聖母子像であり、セーデース・サピエンティアエ(羅 SEDES SAPIENTIAE 上智の座の聖母)の類型に属します。セーデース・サピエンティアエの図像において、幼子イエスはサピエンティア(上智)、聖母はセーデース(座、椅子)です。




(上) ラファエロ・サンツィオ作 「椅子の聖母」 Ch. シューラーによるスティール・エングレーヴィング 直径 183 mm 1875年 当店の商品です。


 「ヨハネによる福音書」一章一節から四節において、イエス・キリストはロゴス(希 λόγος)と呼ばれています。新共同訳聖書はギリシア語ロゴスを「言(ことば)」と訳しています。ロゴスはレゴー(希 λέγω)の名詞形ですから、原意は「ことば」に違いありませんが、ギリシア哲学の伝統において、ロゴスは万物を貫く理法を指します。

 キリスト教の神は人を愛して受肉し、十字架上にて救世を果たし給うた御方ですから、いわゆる「哲学者の神」ではありません。しかしながらキリスト教の神は創造主として、万物の理法でもあり給います。キリスト教哲学は古代以来ネオプラトニズムの影響を受け続け、中世にはこれにアリストテレス哲学の影響が加わりました。教父たち、スコラ哲学者たちは、万物の流出源であり、第一動者であり、形相因、動力因、目的因である神について思索を深めました。





 モンセラートの聖母子はそれぞれの手に球体を持っています。球は空間の一点から等距離にある点の集合であるゆえに、神から発出する被造的世界の全体を象(かたど)ります。モンセラートの聖母子が手に持つ球体は、グロブス・クルーキゲルと同じ象徴性を有します。

 本品の浮き彫りにおいて、ヌエストラ=セニョラ・デ・モンセラートは柱上に安置されています。これはヌエストラ=セニョラ・デ・モンセラートが世界柱であることの図像的表現であり、聖母子が手に持つ球体と同様の意味が籠められています。世界柱はラテン語アークシス・ムンディー(羅 AXIS MUNDI)を訳した語で、アークシスは軸を意味します。すなわち世界柱とは聖なる世界と被造的世界を繋ぐ軸であり、恩寵の通り道でもあります。





 先に指摘した通り、一見したところ花あるいは星のように見える本品のシルエットは、十字架を高度に様式化した意匠です。すなわち本品メダイにおいて、世界軸として表されたモンセラートの聖母子は、十字架の縦軸に位置していることになります。これはキリストの十字架こそが究極の世界軸であることを示します。

 フィンランドの宗教学者ラルス=イヴァル・リングボム(Lars-Ivar Ringbom, 1901 -1971)は、1951年に「グラール神殿と楽園」(„Graltempel und Paradies - Beziehungen zwischen Iran und Europa im Mittelalter“, Wahlstrom & Widstrand, Stockholm, 1951)を著し、「大地の中心」としてのエルサレムについて論じています。同書 255ページから該当箇所を引用し、和訳を添えて示します。和訳は筆者(広川)によります。

  Für die christliche Vorstellung war es dann natürlich, den zentralen Ort auf Golgatha wiederzufinden, in der dort errichteten Grabeskirche; und so wurde denn auf den mittelalterlichen Radkarten Jerusalem ins Zentrum gerückt.     キリスト教的思考からすれば、ゴルゴタが、すなわちゴルゴタに建設された聖墳墓教会が新しく[世界]の中心地となるのは、当然のことであった。この結果、中世の円形地図では、エルサレムが中心へと戻された。
   Dies sieht man zum ersten Mal auf einer Karte von 1110, jetzt in Oxford; die ganze Vorstellung war jedoch auch im Abendland älter und liess sich ohne Schwierigkeit kartographisch darstellen; denn, wie Miller bemerkt, war nur eine unbedeutende Umformung des römischen Erdbilds nötig, um Jerusalem die zentrale Stellung einnehmen zu lassen.    これが最初に見られるのは、現在オックスフォードにある 1110年の地図である。しかしながら[聖墳墓教会を世界の中心とする]観念は、西洋においてもっと早い時期に十分に成立していたのであり、そのことは地図製作において明瞭に表れている。というのも、[聖墳墓教会を世界の中心とするためには、]ミラーが指摘する通り、ローマ的地理観に一か所の僅かな改変を加え、エルサレムに中心的地位を与えさえすればよかったからである。
   Eine Art astronomische Begründung erhielt diese Auffassung durch die schon von dem gelehrten Abt Adamnatus (geb. 624) gemachte, natürlich falsche Behauptung, eine Säule, an der Stelle des heiligen Kreuzes auf Golgatha errichtet, werfe zur Zeit der Sommersonnenwende mittags keine Schatten, da die Sonne dann in der Mitte des Himmels stehe.    [エルサレムが世界の中心であるという]この考え方には、一種の天文学説による基礎付けがあった。ゴルゴタの聖十字架が立った場所に一本の柱があり、夏至の正午に太陽が天頂に位置しても、その柱は影を作らない[という主張である]。この主張は自然科学的には間違っているのだが、学識ある修道院長アダムナートゥス(624年生まれ)によって既に述べられている。


 本品が関わる聖地はカタルニャのモンセラートであってエルサレムではありません。しかしながらキリスト教は地域を限定しない世界宗教であり、十字架はエルサレムの人々のみならず、全世界の国々に救いをもたらします。それゆえモンセラートをはじめ世界各地の聖地はいずれも世界軸としてゴルゴタの十字架に重なるのです。





 聖母子の浮き彫りにした円形部分は、環状の枠に囲まれています。環状部分には小さな半球が一定の間隔を空けて配列されています。これらの半球は、宝石のカボションを模しています。




(上) リモージュ製聖遺物箱 「ベラックのルリケール」  幅 26 cm  奥行 11.7 cm  高さ 20 cm ベラック、聖母被昇天教会蔵 L'Eglise de l'Assomption-de-la-Très-Sainte-Vierge, Bellac


 中世のヨーロッパでは、聖遺物をはじめとする教会の宝物を宝石で飾りました。現代の宝石は輝きを楽しむもので、キラキラと輝くファセット・カットが基本となっています。しかるに近世以前の宝石は、輝きではなく色を楽しむものでした。それゆえダイヤモンドをはじめとする無色の石は評価されず、ガーネットやアメシストのような色石(いろいし カラー・ストーン)に人気が集中しました。近世初期までの古いジュエリーや教会の祭具に嵌め込まれた宝石は、すべてカボションです。これは宝石の楽しみ方が現代とは違ったためです。近世初期以前の人々は、カラー・ストーンの美しい色を愛(め)でたのです。

 本品メダイにおいて、聖母子は宝石のカボション付の枠に囲まれています。これは中世の工芸品を髣髴させる非常にクラシカルな意匠といえます。





 本品はたいへん手間をかけて制作されたメダイです。すなわち銀の板を花弁状末端の十字架型に打ち抜き、一方の面に "N. S. MONTSERRAT" の文字を打刻します。これは「ヌエストラ=セニョラ・デ・モンセラート」(西 Nuestra-Señora de Montserrat モンセラートの聖母)の略記です。もう一方の側には、別作した聖母子像を鑞付(ろうづけ 溶接)しています。

 聖母子像は空と岩山を背景に、厚みを以て表現されています。岩山には細かい凹凸が付けられ、実際の聖地の風景を写実的に表現しています。空は本来明るいはずですが、本品では非常に細かい魚子(ななこ)で艶を消されて正反射が起こらず、まことの光である幼子イエス、及び上智の座の聖母から発する恩寵の光を引き立てています。覗き窓のような環状の枠はカボションで飾られ、聖地モンセラートの尊さを示しています。





 窓枠の外側に当たる平坦な銀板に、放射状の文様が彫られています。この放射状文様はブリル(西 buril 彫刻刀)を用いてひとつひとつ手作業で彫ったもので、古い時代の銀製メダイにしばしば見られる特徴です。写真では良く分かりませんが、メダイの実物を手に取ると、ブリルの痕(あと)がきらきらと輝きます。彫金による放射状パターンは、モンセラートの聖母から発する恩寵の光を表しています。

 本品はめっきではない銀でできています。このような品物を銀無垢製品といいます。本品が制作された十九世紀から二十世紀初頭当時のヨーロッパは、ごく少数の人々に富が極端に集中し、他の人々は全員が同じように貧しい社会でした。本品のような銀無垢製品は、普通の人には手が出ないほど高価でした。そのように高価な銀を使いながら、現代のメダイでは考えられないような手間をかけ、サイズも大きく作られた本品には、モンセラートの聖母を「ラ・モレニタ」(西 la Morenita 色黒の聖母さま)と呼んで慕ったカタルニャの人々の愛と信仰が形象化されています。





 上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真よりもひと回り大きなサイズに感じられます。





 本品は十九世紀後半のスペインで制作された真正のアンティークメダイですが、非常に古い品物であるにもかかわらず、極めて良好な保存状態です。突出部分の磨滅はごく軽微で、図像の細部までよく残っています。特筆すべき瑕疵は何もありません。





18,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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