ガラスと真鍮のメダイヨン 《リジューのスール・テレーズとゴシックの聖母子 25.5 x 18.0 x 8.3 mm》 写真二葉を封入したロケット型メダイ フランス 1920 - 1923年頃


突出部分を含むサイズ 縦 25.5 x 横 18.0 mm  最大の厚さ 8.3 mm



 リジューのテレーズ(テレジア)のメダイヨン(仏 médaillon ロケット)。列福・列聖以前のスール・テレーズ(sœur Thérèse 修道女テレーズ)の肖像と聖母子像の写真または絵を分厚いガラスレンズに挟み、ブロンズのバンドで束ねて針金で固定しています。





 幼きイエスの聖テレーズ、俗名テレーズ・マルタン(Thérèse Martin, 1873 - 1897)の両親は、ルイ・マルタン(Louis Martin, 1823 - 1894)とゼリー・マルタン(Zélie Martin, 1831 - 1877)です。両親は 1858年に結婚し、1860年から 1873年までの間に九人の子供を儲けましたが、うち四人は乳幼児期に亡くなりました。無事成長できた五人の子供はいずれも女の子で、七女のテレーズがいちばん下の子どもでした。成長した五人の娘は全員が修道女になりましたが、うち四人はリジューのカルメル会に入りました。

 成長した五人の娘のうち、七女テレーズのすぐ上は五女セリーヌ(Céline Martin, 1869 - 1959)です。セリーヌはリジューのカルメル会で聖顔のジュヌヴィエーヴ修道女(sœur Geneviève de la Sainte-Face)となりました。スール(sœur)とはフランス語で姉妹、修道女、シスターのことです。スール・ジュヌヴィエーヴ(ジュヌヴィエーヴ修道女、シスター・ジュヌヴィエーヴ)は画才がありました。1861年に数度にわたってリジューのカルメル会を訪れ、スール・ジュヌヴィエーヴに絵の指導をした高名な画家エドゥアール・クルーク(Édouard Krug, 1829 - 1901)は、スールの才能を見抜き、パリに出ればサロン展に出品できるように取り計らうことを申し出ました。スール・ジュヌヴィエーヴはこの申し出を断っていますが、その後もリジューのカルメル会においてエドゥアール・クルークの指導を受けています。


 スール・ジュヌヴィエーヴが 1899年に描いたテレーズの肖像 まゆみの木炭画


 スール・ジュヌヴィエーヴはテレーズの写真をたくさん持っていましたが、それらは人目を避けて注意深く保管され、長らく公開されませんでした。テレーズの写真がすべて公開されたのは、スール・ジュヌヴィエーヴが没して二年後の 1961年です。生前のスール・ジュヌヴィエーヴがテレーズの写真を公開しなかった理由は、写真がテレーズの実像を反映していないと考えたからです。十九世紀末の写真は明るい場所で撮影する場合であっても、露光におよそ九秒を要しました。写真に撮られる人は九秒のあいだ動くことができなかったのです。この時代の写真に写る人の表情が硬いのはそのためです。テレーズの写真も例外ではなく、自然な微笑みを浮かべたありのままのテレーズの姿は写真に遺されていませんでした。

 本品のガラスにはテレーズの肖像が挟み込まれていますが、これはスール・ジュヌヴィエーヴが描いたテレーズ像を写真に写したものです。生前のテレーズが実際にこのポーズで写真に納まったことはありません。しかしながらテレーズと一緒に育ったすぐ上の実姉であり、妹テレーズと仲が良かったスール・ジュヌヴィエーヴ(セリーヌ・マルタン)は、外見に関しても内面に関しても、妹テレーズの実像を誰よりも良く知る人物です。それゆえスール・ジュヌヴィエーヴの手になるこの肖像は、内面を含めたテレーズのありのままの姿を写真よりも正確に映したものと言えます。





 アフロディーテー(ウェヌス)の花である薔薇は、古典古代において性愛の象徴でした。しかしながらヒルデガルト・フォン・ビンゲン(Hildegard von Bingen, 1098 - 1179)をはじめとする中世の神秘主義思想家において、神との愛の交歓は性愛に擬せられ、薔薇は性愛の意味合いを保持しつつも、信仰、すなわち神への愛の高みへと昇華されます。一方、薔薇は神から人間に向かう愛の象徴でもあります。なぜなら赤いバラの五枚の花弁はキリストの五つの傷を思わせるからです。それゆえスール・ジュヌヴィエーヴが描くこの肖像においてスール・テレーズが胸に抱く薔薇は、神から発してテレーズに至る愛と、その反映すなわちテレーズに発して神に至る愛の両方を表しています。

 テレーズは教皇ピウス十一世によって 1923年に列福、1925年に列聖されました。それゆえ 1923年ないし 1925年以降のテレーズ像は頭部に聖人の後光が加わりますが、このメダイヨンは制作年代が古いため、後光はまだ描かれていません。スール・ジュヌヴィエーヴはテレーズの良く知られた肖像を二種類描いており、そのうちの一点である楕円形画面の像は 1899年に描かれていますが、本品メダイヨンに挟み込まれたテレーズ像がいつ描かれたのか、筆者(広川)は知りません。しかしながら聖人や福者の像であれば描き込まれるはずの後光が本品のテレーズ像に描かれていないことから、本品の製作年代は少なくとも 1923年以前、すなわち百年以上前であることが分かります。





 メダイヨンのもう一方の面には、聖母子像の写真が挟み込まれています。聖母子像の表現は人間味のあるゴシック様式でありながら、ロマネスク様式の像に似て母子ともに正面を向き、世の罪びとたちに祝福を与えています。微笑む聖母子の表情には限りない愛と優しさに加えて堂々たる威厳が表れています。

 聖母は戴冠し、右手に女王の笏を持っています。女王の笏は聖母がレーギーナ・カエリー(羅 REGINA CÆLI 天の元后)であることを示しますが、その一方で笏を注意深く観察すると、笏の頂部にはグロブス・クルーキゲル(羅 GLOBUS CRUCIGER)と呼ばれる十字架付きの球体が付いています。日本語で世界球と呼ばれるグロブス・クルーキゲルは、十字架に象徴されるキリストの愛が、全宇宙を支配することを表します。天上においてイエスの右の座に着くことになる聖母は、天上での地位を予告して、幼子イエスを左腕に抱いています。





 宇宙はもともとの漢語(中国語)で、宇は大きな屋根の家という原義から、空間を表します。宇と対(つい)で用いる場合、宙は時間を表します。世界はサンスクリットのロカダートゥを漢訳した仏教語で、世と訳されたロカは時間、界と訳されたダートゥは空間のことです。すなわち宇宙と世界は同義であり、空間と時間、時空を表します。

 キリスト教の神は世界すなわち時空のすべて、全宇宙を創造した三位一体の神であり、キリストは完全な人でありつつも、三位一体の第二のペルソナ(子なる神)でもあるとされます。それゆえ幼子イエスが戴冠している理由、また聖母が右手に持つ笏にグロブス・クルーキゲルが付いている理由は、世界の創造者である幼子イエスが、全時空の主宰者でもあるからです。この聖母子像において時空の支配者として表現された王イエスは、しかしながら柔和な顔立ちに微笑みを浮かべ、両腕をいっぱいに開き差し伸べて、罪びとを胸に抱きとめようと差し招いています。





 上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きく感じられます。







 このメダイヨンは百年あまり前のものでありながら、保存状態は極めて良好です。拡大写真で見るとガラスの細かい瑕(きず)が判別できますが、肉眼では十分に透明で、いずれの面も封入された写真がはっきりと見えます。絵にもブロンズ部分にも、特筆すべき問題は何ひとつありません。





本体価格 16,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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