ペナン、ポンセ作 《聖クリストフの小メダイ》 小さな自動車と飛行機 細密彫刻の名品 直径 15.8 mm


突出部分を除く直径 15.8 mm

フランス  1930年代後半



 二十世紀半ばのフランスで制作された聖クリストフ(聖クリストファー)のメダイ。聖人を浮き彫りにした面は十九世紀のメダイユ彫刻家リュドヴィク・ペナンの作品に基づきます。風景と乗り物の意匠は二十世紀の逸名彫刻家によりますが、肉眼で見ても気づかない細部まで丁寧に彫られており、フランス製メダイユならではの細密性を有します。





 一方の面には幼子イエスを肩に乗せて河を渡る聖クリストフが浮き彫りにされています。十三世紀の聖人伝集成「レゲンダ・アウレア」によると、大男の武人クリストフォロスは世界で最強の君主に仕えることを望み、まずはじめに、最強と思われるカナンの王に仕えました。しかしながら王が悪魔を恐れていることがわかったので、次に悪魔の家来になりました。やがて悪魔が神を恐れていることを知ると、神に仕えることを望みましたが、どうすれば神に出会えるかがわかりません。隠者に相談したところ、人を背負って深い川を渡す仕事をすれば神に出会える、と教えられました。ある日小さな男の子が現れて、向こう岸に渡してくれるようにと頼まれたクリストフォロスは、男の子を肩に乗せて運び始めますが、途中で男の子が非常に重くなり、やっとの思いで向こう岸にたどり着きました。男の子は世界を創ったキリストで、世界よりも重かったのです。クリストフォロスはこのときから神に仕える者となりました。

 「クリストフォロス」(希 Χριστόφορος)は、ギリシア語で「キリスト」を表す「クリストス」の語根「クリスト」(Χριστ-)と、「運ぶ人」を表す「フォロス」(-φορος)を、繋ぎの音「オ」(-ο-)を介して合成した語です。すなわち「クリストフォロス」とは「キリストを運ぶ人」という意味の普通名詞で、もともと人名ではありません。しかしながらこの呼び名は聖人名として定着し、男子の名前としても人気があります。クリストフォロスのラテン語形は「クリストフォルス」(CHRISTOPHORUS)、フランス語形は「クリストフ」(Christophe)、英語形は「クリストファー」(Christopher)です。





 本品に浮き彫りにされた聖人クリストフは杖を手にしたまま歩みを止め、肩に乗せた男の子の重みを全身で感じるかのように瞑目しています。幼い男の子として表されたイエス・キリストは、グロブス・クルーキゲル(世界球)を左手に持ちつつ、右手で天を指し示しています。

 「グロブス・クルーキゲル」(羅 GLOBUS CRUCIGER)とは「十字架を有する球体」という意味のラテン語で、文字通り、球に十字架を取り付けた形をしています。球は被造的全世界(全宇宙)の象徴であり、これと十字架の組み合わせは、世界の支配権を示します。幼子が片手にグロブス・クルーキゲルを持ち、もう片方の手で点を指さす仕草は、自らが神なるキリストであること、並びに宇宙の支配権を有することの宣言です。


 聖人に執り成しを求める祈りが、周囲にラテン語で刻まれています。

  SANCTE CHRISTOPHORE, ORA PRO NOBIS.  聖クリストフォルスよ、我らのために祈り給え。

 「サンクテ・クリストフォレ」(羅 SANCTE CHRSTOPHORE)は、「サンクトゥス・クリストフォルス」(羅 SANCTUS CHRISTOPHORUS)の呼格(呼びかけに使う語形)です。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。本品の直径は十五ミリメートル強で、人物の顔は直径一ミリメートル乃至(ないし)二ミリメートルに収まります。このような極小サイズにも関わらず、目鼻口や手足をはじめ、聖人の腹筋、衣の襞など、人物像の各部はいずれも正しい比例で造形されています。

 本品に浮き彫りにされた人物像は、その表情を通して不可視の価値を可視化しています。すなわち本品を制作したメダイユ彫刻家は、幼い年齢にもかかわらず威厳あるイエスの姿勢と表情を通して、この小さな男の子がサルヴァートル・ムンディー(羅 SALVATOR MUNDI 世の救い主)であることを示しています。また瞑目して祈るような聖クリストフの姿により、救い主への敬虔な愛と信仰を表しています。象徴的意味を遺憾無く形象化したこの作品はメダイユ彫刻家自身の信仰告白であり、敬虔な表情で祈るクリストフの姿には、彫刻家自身の姿が重ね合わされています。


 ラテン語の祈りよりも少し下に「ペナン」(PENIN)、「ポンセ」(PONCET)のサインが刻まれています。リュドヴィク・ペナン(Ludovic Penin, 1830 - 1868)は、十九世紀前半以来四世代にわたってメダイユ彫刻家を輩出したリヨンのペナン家の一員です。豊かな才能を認められ、弱冠三十四歳であった1864年、当時の教皇ピウス九世により、カトリック教会の公式メダイユ彫刻家(graveur pontifical)に任じられましたが、惜しくもその四年後に亡くなってしまいました。




(上) リュドヴィク・ペナン作小型メダイユ 「竪琴を弾く聖セシリア」 直径 32.6 mm フランス 1860年頃 当店の商品です。


 早逝の芸術家リュドヴィク・ペナンは1870年代からアール・ヌーヴォーに至る時代を知らずに亡くなったわけですが、リュドヴィク・ペナンの作品は、三歳年上の同郷の芸術家ジャン=バティスト・ポンセ(Jean-Baptiste Poncet, 1827 - 1901)の手によっていわば「現代化」され、1870年代以降においても愛され続けました。ジャン=バティスト・ポンセは画家でもあり、メダイユ彫刻家でもある人で、ペナンに比べて都会風に洗練された典雅な作風が特徴です。ペナンの没後にポンセが手を加えて「現代化」した作品は、信心具としてのメダイによく見られ、"PENIN PONCET", "P P LYON" 等、ふたりの名前が併記されています。

 「信心具のメダイ」は本格的な「美術メダイユ」のいわば普及品のようなものであり、浮き彫り彫刻の質が多少とも落ちる場合が多いですが、リュドヴィク・ペナンの作品は、信心具のメダイであっても、美術メダイユに劣らない水準で制作されています。本品もそのような作品のひとつです。




(上) Robert Campin, dit le maître de Flémalle, "l'Annonciation", 1420, tempera sur bois, 61 x 63 cm, les Musées royaux des beaux-arts de Belgique (MRBAB), Bruxelles


 中世以来、クリストフの絵や像を見た者は、その日のうちに「悪(あ)しき死」に遭わない、すなわち臨終の場に司祭が立ち会わない突然の死に遭うことが無いと信じられています。それゆえクリストフの絵やメダイには人気があって、さまざまな作品が作られています。

 上の写真はロベール・カンパン(Robert Campin, 1378 - 1444)が受胎告知を描いたテンペラ板絵で、暖炉の上の壁面にクリストフの聖画が張られています。ロベール・カンパンが「受胎告知」を描いたこの作品は、現在ベルギー王立美術館に収蔵されています。


 聖クリストフは突然の死から守ってくれる守護聖人として知られるゆえに、二十世紀に入って制作されたこの聖人のメダイユには、自動車や汽車、飛行機などの乗り物がしばしば描写されます。突然の死がいつどんな状況で訪れるか予測することは不可能であって、健康な人が日常生活の中で何の前触れもなく心停止に陥ることさえありますが、交通事故は、平時において、突然の死をもたらす最も大きな原因の一つに違いありません。





 本品の裏面は二十世紀半ばの逸名彫刻家による作品で、険阻な山道を登る自動車が浮き彫りにされています。前後のフェンダーは流線型で、車体の左右に大きく張り出し、車輪上部を覆っています。これは第二次世界大戦前に流行したアール・デコ様式で、1930年代後半頃の自動車デザインです。

 自動車が走る山道には防護柵が無く、はるか下方には急流が見えます。自動車の屋根にはスキー板のようなものが載っています。急流の左岸に当たるなだらかな山肌にも木が見えないのは、積雪に覆われているせいかもしれません。

 上空には軍用機のように見える単発のプロペラ単葉機が飛んでいます。高度がずいぶんと低いですが、山あいに発着場があるのかもしれません。このような場所は複雑で強い気流が発生するゆえに、計器が発達した現代の飛行機でも操縦は細心の注意が必要です。ましてや経験に頼らざるを得ない 1940年代には、聖クリストフに祈りつつ、山あいのエア・ストリップに発着する操縦士も多かったことでしょう。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。メダイユ彫刻は色を使わず、高低差数分の一ミリメートルというわずかな凹凸のみで全てを表現します。この面の彫刻も全ての部分がほぼ同一平面上にありますが、自動車は実際に手前にあるように見えますし、飛行機は実際に遠くを飛んでいるように見えます。





 上の写真は自動車の部分を拡大しています。筆者は強度の近視で、小さな物が肉眼でもよく見えますが、拡大写真を見て初めて、本品の自動車に運転手が彫られていることに気付きました。運転手の前にはダッシュボードらしき物も見えます。運転席のドアの幅は一ミリメートルほどしかありませんが、前部には蝶番(ちょうつがい)がきちんと彫られ、エンジンルームのカバー側面には空気孔も見えます。

 芸術としてのメダイユ彫刻はルネサンス期のイタリアで始まりましたが、後にフランスに伝わり、十八世紀後半以来大いに発展しました。本品の表裏に見られる優れた浮き彫りも、フランス製メダイユならではの特徴です。





 上の写真は本品を男性店主の手に乗せて撮影しています。女性が実物のメダイをご覧になれば、写真よりもひと回り大きなサイズに感じられます。





 本品はおよそ八十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品(ヴィンテージ品)ですが、古い年代にもかかわらず良好な保存状態です。商品写真は実物の面積を大きく拡大していますから、突出部分の摩滅が容易に判別できますが、実物を肉眼で見るとたいへん綺麗です。特筆すべき問題は何もありません。





本体価格 8,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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