十九世紀フランスの美麗アンティーク 《無原罪の御宿り》の銀製メダイヨン 小さな聖マリアと繊細な彫金細工 直径 16.7 mm


突出部分を除く直径 16.7 mm

最大の厚さ 5.0 mm


フランス  十九世紀中頃または後半



 アンティーク・ジュエリーには「センチメンタル・ジュエリー」と呼ばれるジャンルがあります。センチメンタル・ジュエリーとは「気持ち(センティメント sentiment)のジュエリー」という意味で、希望や愛を象徴します。センチメンタル・ジュエリーには、身に着ける人にとって特別な意味を籠めたデザインになっているものや、特別な品物を封入したものがあります。

 信心具のメダイユは、ふつうは「センチメンタル・ジュエリー」とは呼ばれません。しかしながら「信、望、愛」という言葉が示すように、敬虔な信仰心は、希望、愛と並んで、精神の最良の部分です。それゆえ信心具であるメダイユは、希望や愛を象徴するジュエリーと同様に、センチメンタル・ジュエリーとしての性格を色濃く宿しています。





 本品は十九世紀半ばから後半のフランスで制作された小さなメダイヨン(仏 médaillon)、英語で言えばロケット(英 locket 小さな物品や写真を入れるペンダント)で、めっきではない銀でできています。メダイヨン(ロケット)の蓋には無原罪の御宿りなる聖母が立体的な浮き彫り状に打ち出され、足元にラテン語で「サンクタ・マリア」(羅 SANCTA MARIA 聖マリア)と記されています。





 人祖アダムの妻エヴァは、「生命」(ハワ)という名にかかわらず、蛇に唆(そそのか)されて「善悪を知る木の実」を食べ、人間に死をもたらしました。しかるに受胎告知の際に救いを受け容れたマリアは、救い主の母となることによって、人間に生をもたらしました。

 聖母の足元の球体は、被造的世界、すなわちこの世界あるいは宇宙の象徴です。聖母が球体の上に立つ姿は、救い主の愛と恩寵を取り次ぐ御母の愛が、すべての人に注がれていることを表します。聖母が蛇を踏みつける姿は、聖母が蛇に打ち勝った「ノヴァ・エヴァ」(羅 NOVA EVA)、すなわち新しきエヴァであることを表します。





 聖母は掌を前に向けて両腕を伸ばし、罪びとを招き抱き寄せようとしています。聖母の両手からは、神から来(きた)る恩寵(おんちょう 愛と恵み)が光となり、地上に降り注いでいます。

 電磁波の光は隠されたものを照らして明らかに浮かび上がらせます。それゆえ正義はしばしば光に譬えられます。なぜならば正義は悪を照らし出して見逃さず、どこまでも追及して罰するからです。しかしながら聖母の指先から発出する光は正義の光ではなく、愛の光です。すべての罪びとを愛し給う御母から発する愛の光は、過ちを悔いる者の罪を照らし出すのではなく、却って隠し、庇(かば)い、執り成します。





 本品に打ち出された聖母像をはじめ、信心具にあしらわれた「無原罪の御宿リ」をよく見ると、聖母のマントがたいへん大きなサイズであることに気付きます。このマントを広げれば、すべての人をその下に匿(かくま)うことができます。すなわち本品の聖母はマドンナ・デッラ・ミゼリコルディア(伊 madonna della misericordia 憐れみの聖母)に他なりません。




(上・参考画像) Piero della Francesca, "Madonna della Misericordia", 1460 - 1462, tempera e olio su tavola, 134 x 91 cm, Museo Civico, Sansepolcro


 上の写真はピエロ・デッラ・フランチェスカによる「慈悲の聖母」です。この作品はピエロ・デッラ・フランチェスカがサンセポルクロ(Sansepolcro トスカナ州アレッツォ県)のミゼリコルディア信心会(la Confraternita della Misericordia)から注文を受けて制作した多翼祭壇画の中央パネルで、現在は当地の美術館に収蔵されています。聖母の右側(向かって左側)には死刑執行人の姿も見えます。





 無原罪の御宿リの背景には美しいギョーシェ彫りが施されています。「ギョーシェ彫り」とはフランス語で「ギヨシャージュ」(仏 guillochage)と呼ばれる彫金技法のことで、「ギヨシェ」(仏 guilloché)または「ギヨシ」(仏 guillochis)と呼ばれる弧状の溝を、ごく狭く平行な間隔を開けて、手作業で丁寧に刻んでゆきます。

 本品に装飾を加えた彫金師は、左右非対称の曲線をギョーシェ彫りに重ねています。この彫金は左右非対称で、生命の象徴としての植物を模(かたど)るものと思われますが、抽象化が進んでいるために、ロカイユと融合しています。ロカイユ(仏 rocaille)とは十八世紀の貝殻風意匠のことで、ロココ様式の装飾品に多用されます。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。本品のギョーシェ彫りは、一ミリメートルの間に四本ないし五本のギヨシェ(溝)を刻んでいます。

 聖母像が打ち出しによるのに対し、聖母を取り巻くギョーシェ彫り、及び植物=ロカイユ風彫金は打ち出しでも打刻でもなく、ビュラン(彫刻刀)による手作業の彫金です。本品に装飾を施し、彫金師の腕は確かで、高価なファイン・ジュエリー製作と同等水準の仕事をしています。これらの細かい彫金は、光の細粒のように柔らかな煌(きら)めきを、本品に与えています。





 本品の側面ある小さなくぼみはポワンソン・ド・ガランティ(仏 poinçon de garantie)、すなわち貴金属の純度を証明する検質印です。本品のポワンソンは、テト・ド・サングリエ(仏 tête de sanglier イノシシの頭)で、八百パーミル(800/1000、八十パーセント)の銀を示します。八百パーミルの銀は、フランスのアンティーク信心具に使われる最も高級な素材です。

 なおテト・ド・サングリエは 1838年から 1962年までのあいだ、モネ・ド・パリ(la monnaie de Paris パリ造幣局)で検質された銀製品のポワンソン(刻印)です。





 本品を開くと、蓋側の内径 14.5ミリメートル、身の深さ 3.2ミリメートルの円筒形スペースが現れます。このスペースに小さな記念品、誕生石、写真などを入れることができます。

 本品はたいへん正確なサイズで作られており、身と蓋はきちんと噛み合います。メダイヨン(ロケット)は手で楽に開けられますが、蓋を下ろすとぴったりと閉じ、自然に開くことは決してありません。蝶番(ちょうつがい)にもズレや緩みは一切ありません。古い年代にもかかわらず、本品は完全な実用性を保っています。





 本品の裏面には、弧を組み合わせたユニークな意匠が彫られています。弧で囲まれた空間は、等間隔で平行する多数の波線と直線で埋められています。





 蓋を開けた写真をご覧いただければ分かるように、この面の意匠はすべて手作業の彫金によります。打刻による模様ではありません。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。平行する波状及び直線状の溝は、一ミリメートルあたり三ないし四本という高密度です。極めて精密な作業であるにもかかわらず、本品を制作した彫金師の手に狂いはありません。およそ百本の溝は一度の失敗も無く、綺麗に彫金されています。





 本品は十九世紀中頃または後半のフランスで制作されたものです。

 この時代のフランスでは、1830年に愛徳姉妹会の修練女カトリーヌ・ラブレ(Catherine Labouré, 1806 - 1876)がパリの同会修道院で聖母を幻視し、本品の表面と同様の伝統的「無原罪の御宿リ」図像を打刻したメダイユ・ミラキュルーズ(仏 médaille mirculeuse 不思議のメダイ)が作られて、広く知られるようになりました。1854年にはピウス九世がローマ司教座から「無原罪の御宿リ」を教義と宣言し、1858年にはルルドに聖母が現れて「無原罪の御宿リ」を名乗りました。

 本品はこのような時代を背景に、無原罪の御宿リなる聖母を褒め称えるべく制作された品物です。





 しかるにフランスをはじめ、十九世紀のヨーロッパでは、富の大半が富裕層に集中していました。筆者の手許には十九世紀の資料が無いのですが、十九世紀よりも事態が改善したはずの二十世紀においても、1910年のフランスでは所得上位一パーセントの富裕層が富の七十パーセント近くを所有していました。富裕層の範囲を上位十パーセントに広げると、この階層が富の九割を独占し、残りの一割を九十パーセントの国民が分け合う状況でした。「一部の富裕層以外は、全員が下層階級」というように、社会が極端に二極分化していたのです。

 このような時代に作られた銀無垢製品は、大多数の人々にとって、めったなことでは手に入らない高価な品物でした。本品もそのようなもののひとつであり、人生の大きな節目に購入され、大切にされた品物と考えられます。





 上の写真は本品を男性店主の手に乗せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真よりもひと回り大きなサイズに感じられます。





 本品は百数十年前に制作された真正のアンティーク品ですが、驚くほど良好な保存状態です。メダイヨン(ロケット)は身にも蓋にも歪みは無く、きっちりと閉まります。蝶番も良い状態で、問題なく機能します。彫金はまったく磨滅しておらず、制作当時の繊細な美しさをそのまま留めています。聖母に最高の物を捧げるために、信心具の素材として最も高級な銀を使用して制作された小さな美術品であり、古き良き十九世紀フランスの香りを今に伝える実用可能な工芸品です。





32,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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