スターバト・マーテル 十字架の下にたたずむ聖母のカニヴェ 「悲しみの御母よ、わが心を支えたまえ。」(L. テュルジ・エ・フィス 図版番号 1032)

Mère de douleurs, soutenez mon courage, L. Turgis et Fils Editeurs, planche 1032


114 x 73 mm

フランス  19世紀末



 19世紀末のフランスで製作された、十字架の下(もと)に立つ悲しみ聖母のカニヴェ。背景全体を、複雑かつ繊細な切り紙細工で埋め尽くしています。聖母マリアがイエズスの十字架の下にたたずむ姿は、13世紀イタリアのフランシスコ会士ヤコポーネ・ダ・トーディ (Jacopone da Todi, c. 1230/36 - 1306) の詞によるセクエンティア、「スターバト・マーテル」によって、音楽愛好家をはじめとする一般の人にもよく知られています。

 このカニヴェにおいて、悲しみのヴェールを被ったマーテル・ドローローサは、右手に茨の冠を持ち、わが子イエズスへの愛に燃える心臓を剣で刺し貫かれています。左手は罪びとを招くように、あるいは神の憐みを乞うかのように、前方へと伸ばされています。

 本品の聖母はティトゥルス (TITULUS) すなわち "INRI"(IESUS NAZARENUS REX IUDAEORUM ユダヤ人の王ナザレのイエズス)の札の真下に、背景の十字架と重ね合わせて描かれており、さらに切り紙細工で表された聖母の後光は、茨の冠を象(かたど)っています。イエズスと一体化した聖母の心が、いかに激しい悲嘆に苛(さいな)まれたかを、これらの図像は象徴的に表しています。すなわち十字架に掛かったのはイエズスであって聖母ではないはずですが、それにもかかわらず聖母の心はイエズスと一体化し、十字架の苦しみを全くわが事として感じ取っているのです。





 しかしそれにもかかわらず、イエズスの受難を許し給うた神への信仰は揺るぎなく、聖母は天を仰いで全てを神に委ねています。聖母の聖心は剣に刺し貫かれても鼓動を止めず、神を愛する愛の炎を噴き上げながら、神の愛の反映である光を発して輝き続けています。

 聖母像は全面的にグラヴュール(エングレーヴィング)で制作されています。これはオー・フォルト(エッチング)に比べてはるかに手間の掛かる版画技法であり、複雑な切り紙細工と共に、このカニヴェが19世紀における最高の技法を駆使して製作されたことがわかります。下の拡大画像において、定規のひと目盛は1ミリメートルです。グラヴュールの溝は1ミリメートル当たり 4~5本を数えることができます。





 さらに拡大します。聖母の肌はスティプル(点描)で描かれています。スティプルの密度は1ミリメートル四方で 25~30個に及びます。聖母の顔の造作は概ね5ミリメートル四方に納まるサイズですが、極小のミニアチュール(細密版画)であるにもかかわらず、その顔立ちは美しく整っています。





 さらに拡大します。下の画像の拡大倍率は、いずれも実物の40倍、面積にして 1600倍です。19世紀のエングレーヴァーの、人間離れしたテクニックが良く分かります。







 右手周辺の拡大画像です。手や心臓部分の微妙な濃淡が、スティプルの密度と深さで巧みに表現されていることがわかります。





 聖母像の下には版元の名前(L. Turgis et Fils L. テュルジ・エ・フィス)、所在地(60, Rue des Ecole, Paris パリ、リュ・デ・ゼコル 60番地)、図版番号 (1032) が刻まれ、その下にフランス語、イタリア語、スペイン語で「悲しみの御母よ、わが心を支えたまえ。」という祈りの言葉が記されています。





 背景の切り紙細工は数あるカニヴェの中でも最も繊細かつ美麗なもののひとつで、すみれ、あやめ、すずらん、キク科植物、木蔦(きづた)がエンボス(型押し)されて、実物さながらの華やかさで咲き誇っています。これらの草花は、カニヴェに祈りを込める人から悲しみの聖母への捧げものです。





 カニヴェの裏面には聖母への祈りがフランス語で記されています。内容は次の通りです。

     Vierge Marie mère de Dieu qui au pied de cette croix sanglante avez accepte de devenir la mère des bourreaux de votre Fils, qui n'avez pas hésite a m'ouvrir votre cœur brisé, ayez pitié de moi, accueillez mes ardentes prières et bénissez-moi.    童貞マリア、神の御母、御子を死に追いやりしわれらを受け容れ給い、血に染まりしこの十字架の下(もと)で、われらの御母となり給い、傷付きたる御心を、われに惜しまず示し給うた御身よ。われを憐み給え。わが熱き祈りを聴き入れ、われを祝福したまえ。


 祈りの下には、表(おもて)面と同様に、図版番号 (1032)、版元の名前(L. テュルジ・エ・フィス)、所在地(パリ、リュ・デ・ゼコル 60番地)が刻まれています。


 聖母の悲しみの極致、イエズスの十字架の下にたたずむ聖母を描いたこのカニヴェにおいて、絶望の淵に沈んでも不思議でない状況のなかで、聖母は心臓すなわち心の座に燃える神への愛の火を消さず、神への信仰、全面的信頼によって支えられています。

 「悲しみの御母よ、わが心を支えたまえ。」という祈りの言葉が、聖画の下に刻まれています。フランス語「クラージュ」(courage)、イタリア語「コラッジョ」(coraggio) はいずれも、ラテン語で心臓、心を表す「コル」(COR) から派生した語で、「心の強さ」、「平静さ」を表します。スペイン語「バロル」(valor) はラテン語で価値を表す「ワロル」(VALOR) に由来しますが、カスティリア語(スペイン語)ではやはり「しっかりとした強い心」「取り乱さない心」を意味します。したがってこのカニヴェに記された「悲しみの御母よ、わが心を支えたまえ。」という言葉は、大きな悩み、苦しみに圧倒されて頽(くずお)れそうになっている人が、この上なく大きな悲しみを知り給う聖母に向かって、心を支えてくださるようにと助けを求める祈りなのです。

 本品は19世紀末のフランスで制作されました。百年以上前のものですが、繊細な切り紙細工にも大きな問題は見当たらず、それほどまでに古いものとは俄かに信じがたいほど綺麗な状態です。たいへん稀少な完品です。





カニヴェのみの価格 28,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。別料金の額装についてはこちらをご覧くださいませ。




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