19世紀末のフランスで制作された初聖体のカニヴェ。「カニヴェ・ア・システム」(un canivet à système) と呼ばれる種類の作例で、幾つもの部分を組み合わせて立体的な表現を実現しています。
本品は二枚のカニヴェ、正確には聖画を刷る前の二枚のカニヴェ用紙を使用し、一枚の中央部分を切り取って楕円形の窓を開け、もう一枚には初聖体を拝領する少女の紙人形を貼り付けています。窓を開けたカニヴェには、真っ白い絹のリボンを蝶結びにして取り付けています。
十二歳で初聖体を迎えた少女は花嫁の装いで、純白のドレスに純白のヴェール、純白の手袋と靴を身に着けています。少女は右手にシエルジュ(大ろうそく)、左手に祈祷書を持ち、大人への仲間入りをするために、祭壇に向かって進み出ようとしています。
少女の上半身と持ち物、及び足と床は多色刷り石版画で刷られています。ドレスのスカート部分とヴェールは非常に薄く目が細かい絹でできており、スカートには細かいプリーツが作られています。ヴェールの絹布にはパラフィンよりも固い何らかの天然蝋を浸み込ませてあります。それゆえヴェールは整った形を保持するとともに、トランスルーセント(半透明)となり、チュールが透ける様子が巧みに表現されています。
初聖体のカニヴェには、本品のように女の子の紙人形を別作して貼り付けたものがたまにありますが、大抵の場合、ヴェールのような半透明部分はパピエ・ド・リ(papier
de riz ライスペーパー 薄葉紙の一種)でできています。私は強度の近視で、ルーペを使わなくても微細なものが良く見えますが、本品に使われている絹布はあまりにも目が細かく薄く、特にヴェールは柔軟ではなかったので、最初は類品と同様のパピエ・ド・リだと思い込み、倍率12倍の二重瑕見(時計修理用ルーペ)で確認するまで、非常に薄い絹布だと気付きませんでした。なるほどパピエ・ド・リよりも本物の絹を使うほうが、スカートのプリーツも柔らかく仕上がりますし、ヴェールにもきらめくような透明感が出ます。初聖体のカニヴェのなかでも、本品は手間を惜しまず、とりわけ丁寧に制作された品であることがわかります。
窓を開けたカニヴェは紙の脚で持ち上げられているため、カニヴェ全体がたいへん立体的な印象を与えるとともに、切り紙細工の重なりがレース状の意匠をいっそう繊細かつ華やかに見せています。
本品は繊細な紙製品ですが、非常に良好な保存状態です。多少の黄ばみと、ヴェールに一箇所小さな虫喰いがある程度で、特筆すべき問題は何もありません。本品に使用されている紙はすべて中性紙ですので、百年以上の歳月にもかかわらず劣化は起こっておらず、紙自体が劣化することは今後もありません。
作品を保護するために、本品専用の額縁を国内の工房に特注し、一点もののフレームを制作してもらいました。額装に使用する材料は吟味し、長期保存に悪影響のある物は使っておりません。カニヴェの損傷を避けるために、カニヴェはテグスで留めてあります。テグスを切断すれば、カニヴェはいつでも取り外せます。ベルベットはブリュ・マリアル(マリアン・ブルー マリアの青)を選びました。本品を飾る際は、褪色を避けるために、直射日光を避けてください。