一点もの アスコリ・ピチェーノの銀細工工房製 《ビザンティン様式のクルシフィクス》 淡く上品な金色のヴェルメイユ 45.0 x 29.0 mm イタリア 二十世紀後半


突出部分を含む縦横のサイズ  45.0 x 29.0 mm

フランス  1968年以降



 クロス(十字架)にコルプス(羅 CORPUS キリスト像)を取り付けたものを、クルシフィクス(羅 CRUCIFIX 磔刑像)といいます。純度 925パーミル(92.5パーセント、925/1000)の銀を、スターリング・シルバー(伊 l'argento sterling)といいます。銀に金をめっきした製品をヴェルメイユ(仏 vermeil)といいます。

 本品はスターリング・シルバー製のクルシフィクスで、金めっきを施したヴェルメイユ製品です。本品の金めっきは淡く上品な色であり、またヴェルメイユの表面が艶消し仕上げとなっているため、一見したところ貴金属には見えず、真鍮でできているかのように落ち着いた風合いがあります。





 上部に取り付けた楕円形の環に、五芒星に続いて 155AP の刻印、及び 925 の刻印があります。この様式の検質印は、1968年以降のイタリアで使われています。925 はスターリング・シルバーを指しています。155 は銀細工工房の番号ですが、詳細は不明です。AP はアスコリ・ピチェーノのタウン・マークです。

 アスコリ・ピチェーノ(Ascoli Piceno マルケ州アスコリ・ピチェーノ県)の古都で、ローマからはアペニン山脈を挟んでほぼ線対称に位置します。アスコリ・ピチェーノは工芸品作りが盛んな町で、本品のような銀細工の他にも、陶磁器、麦藁細工、レース編み、モザイク、革細工、銅細工、弦楽器など、多様な品物が作られています。





 本品の十字架は幅広で、幾つかの画面に分割されています。横木の表面、及び最下部を除く縦木の表面は、尖った器具で突いた点で埋め尽くされています。縦木最下部の表面には、小さな輪が密集しています。交差部の右上と左上には円い鈎の内部に点状の突部があります。縦木下部の左右はアカンサス様(よう)の蔓状植物文で飾られています。




(上) サン・ダミアノのクルシフィクス "Il Crocifisso di San Damiano", la Basilica di Santa Chiara, Assisi


 幾つかの画面を有する幅広の十字架の例として、アッシジの聖キアラ聖堂にあるサン・ダミアノのクルシフィクス(伊 "il Crocifisso di San Damiano")がよく知られています。これは十一世紀にウンブリアで制作されたクルシフィクスです。当時のヨーロッパ、とりわけイタリアは、ビザンティン美術の強い影響下にありました。サン・ダミアノのクルシフィクスにおいて、人体の比例と姿勢に非写実的な様式化が見られる点、描かれている人物の重要性とサイズに強い相関性がある点、遠近感の無い平面的描法、金色の背景は、いずれもビザンティン美術の影響です。





 本品とサン・ダミアノのクルシフィクスは十字架の形状が似ていますが、コルプスの描写が大きく異なります。サン・ダミアノのキリスト像はクリストゥス・トリウンファーンス(羅 CHRISTUS TRIUMPHANS 勝利のキリスト)と呼ばれる類型で、落ち着いた表情にも、静かに直立する姿勢にも、苦しんでいる様子は全く感じられません。これに対して本品のキリストは苦痛に身をよじり、半ば力尽きている様子が見て取れます。




(上) Cimabue, "Il Crocifisso di Santa Croce", 1272 - 1280 circa, tempera su tavola, 448 x 390 cm, Museo di Santa Croce , Firenze


 ルネサンス初期のイタリアでは、フランチェスコ会とドミニコ会の影響の下、チマブエ、ドゥッチオ、ジョット等がより写実的な宗教画を描き始めました。上の写真はチマブエが 1270年から 1280年頃に制作したテンペラの大作「サンタ・クローチェ(聖十字架)のクルシフィクス」(伊 "Il Crocifisso di Santa Croce")です。「サンタ・クローチェのクルシフィクス」はキリストが十字架上で苦しむ様子を写実的に描いており、クリストゥス・ドレーンス(羅 CHRISTUS DOLENS 苦しむキリスト)と呼ばれる類型に属します。





 本品のキリストは頭(こうべ)を垂れ、眼を閉じておられます。キリストが浮かべておられる悲しみの表情を遡れば、人智を絶した無限の愛に行き着きます。





 二十世紀に制作された本品は現代美術の作品ですが、幅広の十字架は中世以来のイタリア宗教美術の伝統を引き継いでいます。クルシフィクスに描かれるキリスト像の表現は時代によって大きく異なります。本品のキリストはサン・ダミアノのクルシフィクスのようなクリストゥス・トリウンファーンスではなく、サンタ・クローチェのクルシフィクスに見られるクリストゥス・ドレーンスの系統に連なります。





 本品コルプスの頭部、体幹、四肢は、いずれも裏側まで手を抜かずに作られています。一見したところ、本品のコルプスは別作したものを十字架に溶接したように見えます。しかしながらさらに詳しく観察すると、本品の十字架は縁取り部分の抜き勾配が度外視されています。それゆえ少なくとも本品の十字架、あるいはおそらくコルプスを含む本品の全体が、失蝋法によって制作されていると考えられます。





 本品に制作者の署名はありません。

 ルネサンス以前の時代、現実的な用途から遊離した芸術のための芸術は存在しませんでした。社会とは関わりを持たない純粋芸術家が高踏的な理論を振りかざすようなことはなかったのです。そのころの画家や彫刻家は今でいう職人であって、自ら工房を構え、あるいは親方の工房に所属して、注文された絵を描き、像を彫り、装飾品を作りました。親方をはじめ工房の全員が職人であって、芸術を仕事としつつも、作品に署名を残すようなことはしませんでした。





 芸術品の作者が修道者のような職業的宗教者である場合、あるいは職業的宗教者ではなくても信仰深い職人である場合、近年の作品であってもしばしば署名がありません。これは自分を「神のために働く小さな器に過ぎない」と看做す謙虚な気持ちによるものでしょう。また神のための仕事を祈りに相当する「信仰の業」と考えるならば、完成した品物よりも、むしろその品物を作る過程にこそ意味があります。その場合、作品に署名する必要は感じられないでしょう。

 優れた出来栄えの一点ものであるに関わらず、本品には作者の署名がありません。それは本品が現代的な表現によりつつも、古都アスコリ・ピチェーノに息づく中世以前の伝統的精神に従って、職人芸術家が制作した品物であることを示します。それと同時に、本品は制作者自身の信仰心の発露として、形を与えられた作品であるとも考えられます。





 上の写真は本品を男性店主の手に乗せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きなサイズに感じられます。







 本品は数十年前のイタリアで制作された真正のヴィンテージ品ですが、保存状態は極めて良好です。本品の材質は銀に金めっきを施したヴェルメイユです。突出部分の金にも剥落は全く見られません。金は淡色であるうえに上品な艶消しで、鮮やかな金色が苦手な方にも十分にお使いいただけます。本品は失蝋法で制作された一点ものの芸術品であり、一生ものの価値があります。

 下記は本体価格です。当店の商品は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(二回、三回、四回など。金利手数料無し)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。





38,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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