漆黒のガラリス製 ベル・エポックのメダイヨン型ルリケール 「慈(いつく)しみの聖母」の銀製メダイユ入り 41.2 x 32.3 x 9.5 mm


ブロンズの突出部分を含むルリケール全体のサイズ 縦 46.8 x 横 32.3 mm

ルリケール全体の最大の厚み 9.5 mm

ルリケールの風袋 17.4 g


ブロンズの突出部分を除くガラリス製部分のサイズ 縦 41.2 x 横 32.3 mm

蓋と銀象嵌を除くガラリス製部分の厚み 6.4 mm


銀製メダイのサイズ 縦 21.3 x 横 14.7 mm  銀製メダイの厚み 1.2 mm


フランス  1900 - 1910年頃



 20世紀初頭のフランスで制作された美しいルリケール。ペンダントとして携帯できるように作られています。

 「ルリケール」(reliquaire) とは「聖遺物(relique ルリーク)の容器」という意味のフランス語です。ペンダント型のルリケールには小さな聖遺物を入れることが多いですが、本品には聖遺物の代わりに銀製メダイ一枚が入れられています。





 このルリケールの本体は、ガラリス(ガラリト)でできています。ガラリス (galalith/galalithe) は、 フランスの化学・薬学者オーギュスト・トリラ (Auguste Trillat, 1861 - 1944) が19世紀末に牛乳から作り出したプラスチックです。オーギュスト・トリラは牛乳に酸を加えてカゼインを沈澱させ、これをホルムアルデヒド水溶液に浸漬して非水溶性のカゼイン樹脂を得ました。この方法で得られたカゼイン樹脂を破砕洗浄した後に成型し、布の上でゆっくりと乾燥させたのがガラリスです。ガラリスを研磨すると美しい光沢が得られます。




(上) Franz Xavier Winterhalter, "Queen Victoria", 1843, Oil on canvas, 65.4 x 53.3 cm, Royal Collection


 イギリスのヴィクトリア女王 (Queen Victoria, 1819 - 1901) は二十歳のとき、同い年のアルバート公 (Prince Albert, 1819 - 1861) を熱烈に愛して結婚しましたが、アルバート公は 42歳で夭折しました。夫の死を悲しんだ女王は、このとき以降、ジェット製ジュエリーのみを身に着けるようになりました。これがきっかけとなって、19世紀後半のヨーロッパ中ではジェット製のモーニング・ジュエリー(mourning jewellery 服喪用ジュエリー)が流行しました。

 ジェット (jet) は褐炭の一種で、漆黒あるいは帯褐黒色の化石木です。モース硬度 2.5ないし 4と彫刻に適し、研磨により美しいガラス光沢が得られます。ガラリスの原料となる牛乳に2パーセントの煤(すす)を加えて得られたカゼインの沈殿物を数か月かけて乾燥させると、暗灰色の塊になります。これをホルムアルデヒドに浸漬した後、ふたたび乾燥し研磨すると、ジェットにそっくりのガラス光沢を有するガラリスが得られます。





 本品は漆黒のガラリスを縦 41.2ミリメートル、横 32.3ミリメートル、厚さ 6.4ミリメートルの楕円形に成形し、中央のくぼみに青色のクッション、及びブロンズの枠と開閉自在の窓を取り付けて、ペンダント型ルリケールとしています。裏面には装飾的なゴシック文字を銀で象嵌しています。





 ブロンズ枠の窓にはガラスが嵌め込まれ、蝶番(ちょうつがい)で開閉するようにできています。蝶番に緩みは無く、窓はきちんと閉まります。





 ルリケールに収納されているメダイは銀を打刻したもので、フランスにおいて 800シルバーを示す「イノシシの頭」のポワンソン(貴金属の純度を示す刻印)があります。800シルバーは信心具に使われる最高級の素材です。





 メダイの一方の面には浅浮き彫りによって「ピエタ」(Pietà 慈しみの聖母)が表されています。「ピエタ」を囲むように、聖母に執り成しを求めるフランス語の祈りが記されています。

  Notre-Dame de Villedieu, priez pour nous.  ヴィルデュの聖母よ、我らのために祈りたまえ。


 ヴィルデュの慈しみの聖母


 ヴィルデュ(Villedieu バス=ノルマンディー地域圏マンシュ県)はモン・サン・ミシェルに近い北フランスの町で、12世紀初頭に聖ヨハネ騎士団 (l'ordre de Saint-Jean de Jérusalem) の領地となって以来、「ヴィルデュ」すなわち「神の町」の名で呼ばれています。ヴィルデュのノートル=ダム教会 (l'église Notre-Dame de Villedieu-les-Poêles) は15世紀のフランボワヤン式ゴシック聖堂で、15世紀または16世紀の彩色石像「ピエタ」あるいは「ヴィエルジュ・ド・ピティエ」(Vierge de pitié 慈しみの聖母)を安置します。





 上の写真において、定規のひと目盛は 1ミリメートルです。聖母は深い悲しみに目を閉じ、力無く崩れるイエズスの体を右手で支え、だらりとしたイエズスの左手を右手で握っています。地面に垂れ下がるイエズスの右手には痛々しい釘の孔が、脇腹には槍の傷が、大きく口を開いています。





 メダイのもう一方の面には、愛に燃えつつも悲しみのあまり血を流す聖母の聖心が浮き彫りにされています。周囲には執り成しを求める祈りが刻まれています。

  Très Saint Cœur de Marie, priez pour nous.  マリアのいとも聖なる御心よ、我らのために祈りたまえ。

 大抵の図像において、マーテル・ドローローサ(MATER DOLOROSA 悲しみの聖母)の聖心は剣で貫かれています。本品のように矢に貫かれているのは珍しい作例です。





 このメダイは百年以上前に制作されたアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず、ルリケールに収納されていたゆえに、あたかも打刻されたばかりのように良好な保存状態です。突出部分に磨滅は無く、あらゆる細部が制作当時のままの状態で保存されています。ルリケールのクッションの周囲には紙の壁が作られて、窓のブロンズ枠がメダイに直接当たらないように工夫されています。





 19世紀までのフランスには、キリスト教信仰をテーマにした「ビジュ・ルリジュ」(bijoux religieux) や、各地方に固有のジュエリーである「ビジュ・デ・レジオン」(bijoux des régions, bijoux régionaux) が愛用されていました。それらのジュエリーは19世紀後半までは命脈を保っていましたが、フランス社会の世俗化が進んで宗教色の濃い文化や風習が衰退し、また交通や物流の発達に伴って各地方の文化的均質化が進むに伴って、「ビジュ・デ・レジオン」、「ビジュ・ルリジュ」はすべて消滅してしまいました。

 本品のようなルリケールは、現在では博物館に行かなければ目にすることができなくなりました。本品はベル・エポック後期、すなわちフランス特有の「ビジュ・ルリジュ」が完全に姿を消そうとする時代に、最後に作られた作品のひとつです。





58,800円 販売終了 SOLD

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