ダイヤモンド文字盤のドレス・ウォッチ 《グリュエン・トウェンティ・ワン》 白鳥の歌の金無垢時計 1952 - 53年頃


 1940年代末から 1950年代は、スイス時計の攻勢によってアメリカの時計産業が打撃を受け、消滅への坂道を転がり始めた時代です。弱体化したエルジン、ウォルサム、ハミルトンの各社は自社ムーヴメントの製作を停止し、スイス製、ドイツ製、フランス製、日本製ムーヴメントに頼るようになりました。しかしながらグリュエンだけは正反対の道をたどりました。従来グリュエン社はすべての腕時計用ムーヴメントをビール(Biel スイス北西部ベルン州の町)で作っていたのですが、1949年、同社にとって初めての国産ムーヴメント、二十一石の「キャリバー 335-21」を、シンシナチのグリュエン本社で製作したのです。

 「キャリバー 335-21」は十七石のスイス製ムーヴメント「キャリバー 335」を基礎にしながらも、すべての部品がシンシナチで作られた純国産の機械です。「キャリバー 335-21」を搭載した腕時計は「グリュエン・トウェンティ・ワン」("Gruen 21")と名付けられ、ラウンド型(円型)やレクタンギュラー型(角型)の各種モデルが発売されました。





 本品はもともと男性用時計として作られています。近年流行の男性用時計は、これまでの腕時計史になかったほど大きく分厚いサイズです。しかしながら本品はこの時代の他の時計と同様に、五百円硬貨ほどの大きさです。

 本品は現代の男性用時計のように分厚くないので、シャツの袖が時計に引っかかることなくスマートに着用でき、スーツやジャケットとの取り合わせに適しています。また現代の女性用、あるいは女性用を一回り大きくしたぐらいのサイズですので、女性にもご愛用いただけます。色は淡く上品な金色で、派手な金色が苦手な方にもおすすめです。





 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)と呼びます。ムーヴメントを保護する容器、すなわち時計本体の外側に見えている金属製の部分を「ケース」(英 case)と呼びます。ケースの十二時側と六時側には、バンドを付けるための突起が二本ずつ突出しています。この突起を「ラグ」(英 lugs)と呼びます。

 本品のケースはレクタンギュラー型(角型)で、幾何学的、直線的な面で構成したアール・デコ様式です。ケースの前面、文字盤と風防を取り囲む部分を「ベゼル」(英 bezel)といいます。本品のケースはベゼルの意匠が直線的で、二十面の細長いファセット(小面)を有します。最も目を引く特徴は、ラグと一体になった横向きの張り出しですが、この張り出しの意匠も直線的なファセットで構成されています。





 ケース裏蓋は平坦な長方形で、内側に様々な刻印が見えます。「ケイスト・アンド・タイムド・バイ・グリュエン・ウォッチ・カンパニー」(英 cased and timed by Gruen Watch Company)とは、この時計のムーヴメントが「グリュエン時計会社によってケースに入れられ、時間調整をされた」という意味です。裏蓋にこの文言が書かれている時計は、外国製ムーヴメントを搭載している場合があります。しかしながら上に書いた通り、本品が搭載する「キャリバー 335-21」はオハイオ州シンシナチのグリュエン本社で製作された機械であり、同社初の純国産ムーヴメントです。

 その下には、大文字の「ジェイ」(J)を左から右に、槍が貫くマークが刻印されています。これはニューヨーク州ロングアイランドにあった時計ケースのメーカー、ジョネル社(Jonell Watch Case Inc.)の刻印です。ジョネル社は小規模な会社ですが、金無垢ケースをはじめとする高級ケースのメーカーとして知られています。本品のケースはジョネル社が制作し、グリュエン社に納めたものであることがわかります。

 その下にあるのは「十四カラット・ゴールド」(英 14 karat gold 十四金)の刻印です。金色のヴィンテージ時計(アンティーク時計)のケースは、ほとんどの場合金張りですが、本品のケースは金でできています。このような時計を「金無垢(きんむく)時計」といいます。十四金はアメリカ合衆国の金無垢製品で使われる標準的な純度です。十四金は十八金よりもずっと丈夫で、変形や摩耗に強いので、時計ケースに適しています。純度が低い金は表面が変色する場合がありますが、十四金が変色することはありません。

 "M01287" は、ケースのシリアル番号です。"335" はムーヴメントのキャリバー名(型式名)です。本品のケースは、全体のサイズと厚み、全体の形状、裏蓋のフランジの形状が、「グリュエン キャリバー 335-21」にぴったり合うように作られています。"738" は本品の「スタイル・ナンバー」、すなわちケースの意匠を表す番号です。





 本品の風防は極めて特徴的な形で、良好な状態です。このような風防は、もしも破損したり紛失したりした際、通常ならば代替品を入手できません。しかしながら当店には適合する風防が在庫しています。

 ケースの三時方向から外側に突出するツマミは竜頭(りゅうず)といいます。本品の竜頭には「グリュエン」(GRUEN)のロゴが入っています。本品は手巻き時計ですから、一日一回竜頭を回して、ぜんまいを巻き上げます。





 時計において、時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を「文字盤」(もじばん)または「文字板」(もじいた)といいます。本品の文字盤は上品な艶消しの銀色で、非常に綺麗な状態ですが、再生処理(リファービッシュ、リダン)を施したものではなく、この時計が製作された当時のオリジナルです。

 文字盤には「グリュエン・トウェンティ・ワン」のロゴ(GRUEN 21)と「プレシジョン」(PRECISION)の文字が書かれています。「グリュエン・トウェンティ・ワン」が発売されたのは 1949年で、初期のロゴには「グリュエン・トウェンティ・ワン・ジュエルズ」(GRUEN 21 JEWELS)と書かれていましたが、本品は 1952年または 1953年のモデルですので、ロゴは「グリュエン・トウェンティ・ワン」(GRUEN 21)となっています。

 「プレシジョン」(英 precision)は英語で「正確」「高精度」という意味です。グリュエン社では十七石以上のハイ・ジュエルの時計を、「プレシジョン」というランク名で呼んでいました。





 文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を、「インデックス」(英 index)といいます。インデックスの様式には年代ごとの流行があります。大体の傾向として、1940年代以前の時計では、インデックスはすべてアラビア数字で、六時は小秒針の文字盤となっています。1950年代の時計では、十二時、三時、九時のみがアラビア数字で、六時は小秒針の文字盤、他の部分は直線または楔(くさび)形のバー・インデックスです。1960年代の時計はすべてがバー・インデックスです。本品は 1950年代の時計なので、通常であれば十二時、三時、九時はアラビア数字が書かれているはずですが、これらはダイヤモンドに置き換わっています。







 アメリカのヴィンテージ時計のデザインは、十年ごとに大きく変化します。1940年代と 1960年代には保守的あるいは正統的なデザインが好まれたのに対し、1950年代と 1970年代には非常に個性的なデザインが多く生まれました。1950年代には文字盤にストーンを嵌め込んだモデルが作られましたが、たいていの場合はラインストーン(ガラス製の模造宝石)を使っていました。

 しかしながら本品の文字盤に嵌め込まれているダイヤモンドは、ガラス、キュービックジルコニア、チタン酸ストロンチウム、YAG(イットリウム・アルミニウム・ガーネット)、GGG(ガドリニウム・ガリウム・ガーネット)等の模造石ではなく、真正の天然ダイヤモンドです。本品に嵌め込まれた三石がすべてダイヤモンドであることは、熱伝導率で検査済みです。

 時計のダイヤモンドはジュエリー用のダイヤモンドとは違い、多少の瑕(きず)がある場合が多いですが、本品のダイヤモンドはたいへんきれいです。上の写真ではクラウン面に光を反射させて、瑕がないことを示しています。

 ダイヤモンドの台座と楔形インデックスの材質を検査するには文字盤から取り外さなければならないので、これらは検査していませんが、おそらく十四カラット・ホワイト・ゴールドだと思います。





 現代の時計の秒針は「センター・セカンド」といって、短針、長針と同様に、時計の中央に取り付けられています。これに対して 1950年代までの時計の秒針は、ごく少数の例外を除き、「スモール・セカンド」といって、六時の位置に取り付けられています。時計の中央に秒針を取り付ける方式のムーヴメントを制作するのは技術的に困難で、「センター・セカンド」が普及するのは1960年代です。1950年代までの時計はほとんどすべて「スモール・セカンド」方式で、本品も例外ではありません。





 バンドの幅は十六ミリメートルです。このページに掲載した商品写真は、ほとんどが黒い革バンドを付けて撮影しましたが、上の写真のように色を替えることも可能です。本品に限らずアンティーク時計全般に共通していえることですが、時計のメーカーとバンドのメーカーは別です。アンティーク時計に付いているバンドは、たまたまその時計に取り付けられているだけのことで、時計とバンドの組み合わせに必然性はありません。本品の場合も事情は同じで、バンドの種類や色はお好みに合うものをご用意いたします。

 たとえばバンドの色を赤や青、茶色等に変更する事も出来ますし、金属製バンドに取り換えることもできます。バンドを替えると、ずいぶん雰囲気が変わります。本品はもともと男性用として作られた時計ですが、アンティーク時計は男性用であっても小ぶりですので、女性にも十分にお使いいただけます。





 上の写真は本品が搭載する自社製ムーヴメント「グリュエン キャリバー 335-21」を取り出して撮影しています。「グリュエン キャリバー 335-21」はオハイオ州シンシナチのグリュエン本社工場において製作されたムーヴメントで、電池ではなくぜんまいで動く「手巻式」です。電池で動く「クォーツ式」腕時計が普及したのは、1970年代以降のことです。本品が製作された 1952/53年にはクォーツ式腕時計はまだ存在せず、腕時計はすべてぜんまいで動いていました。

 秒針があるクォーツ式腕時計を耳に当てると、秒針を動かすステップ・モーターの音が一秒ごとに「チッ」、「チッ」、「チッ」 … と聞こえます。デジタル式など秒針が無いクォーツ式腕時計を耳に当てると、何の音も聞こえません。これに対して機械式時計、すなわち本品のようにぜんまいで動く腕時計や懐中時計を耳に当てると、小人が鈴を振っているような小さく可愛らしい音が、「チクタクチクタクチクタク…」と連続して聞こえてきます。





 「グリュエン キャリバー 335」はビール(Biel スイス北西部ベルン州の町)において 1948年まで製作されていた機械で、十七石の高級機(ハイ・ジュエル・ムーヴメント)でした。1949年に世に出た「グリュエン キャリバー 335-21」は、「キャリバー 335」に四個のルビーを追加した最高級機で、グリュエン社が送り出したプレシジョン・ムーヴメント(ハイ・ジュエル・ムーヴメント)のなかでも、史上最高の自信作となっています。

 「グリュエン キャリバー 335-21」は、「グリュエン キャリバー 335」と同様に、ブレゲひげぜんまいを採用しています。振動数 f = 18000 A/h、パワー・リザーヴ三十七時間というスペックも「キャリバー 335」と同じで、受けの刻印も "335" のままですが、1949年に「グリュエン キャリバー 335-21」の製作が始まると、335系の機械はすべてこちらに切り替わりました。「グリュエン キャリバー 335」の受けには「スイス」(SWITZERLAND)と彫られていましたが、本機「グリュエン キャリバー 335-21」の受けには、「アメリカ合衆国シンシナチ」(CINCINNATI, USA)の文字が誇らしげに刻まれています。





 裏蓋の刻印で分かるように、本品のケースはジョネル社製です。「槍に貫かれた "J"」のマークをジョネル社が商標登録したのは、1952年5月18日です。一方、本品のようなダイヤモンド文字盤の男性用時計は限られた時期にアメリカで流行しました。その時期とは 1950年から 1953年です。したがって本品の製作年代は 1952年後半から 1953年とみて間違いないでしょう。1954年以降ではないはずです。

 創業者ディートリヒ・グリュエンの息子であるショージ・グリュエンが 1952年に亡くなると、翌 1953年、グリュエン家はすべての株式を売却して経営から手を引きました。当時グリュエンの社長はベンジャミン・カッツで、この人は 1935年から同社の社長でした。グリュエン家が経営から退いた時点で、グリュエン社には体力が残っていましたが、1953年、ベンジャミン・カッツが社長を辞任すると、同社の経営状態は急速に悪化し、1958年に操業を停止しました。したがって本品は、グリュエン時計会社が歴史の終わりに全力を挙げて完成した最高傑作であることがわかります。





 古代ギリシアの哲学者プラトンは、処刑前日のソクラテスを描いた対話篇「パイドン」においてソクラテスとシミアスの対話を記していますが、従容(しょうよう)として死に臨むソクラテスは自らを白鳥になぞらえ、次の内容の言葉を語っています。「白鳥はアポロンの僕(しもべ)であるから予言の能力を持っている。白鳥は死期を迎えたことを悟ると、神の許へ行けることを喜んで、生涯で最も美しい歌を歌うのだ。」 人が最後に作り出す最高傑作は、この故事にちなんで、「白鳥の歌」と呼ばれます。グリュエン時計会社にとって、本品はまさに「白鳥の歌」です。

 本品の裏蓋には "738" というスタイル・ナンバーが刻印されていますが、モデル名は不明です。当店の資料室にある文献には、グリュエンのほとんどのモデルが網羅されていますが、本品に該当するものはありませんでした。1952/53年当時、本品のような金無垢時計の価格は、初任給の半年分ほどでした。そのようにたいへん高価であったので、製作される数は少なかったはずですが、それでも文字盤にダイヤモンドを埋め込んだ金無垢時計のモデル名は、数機種が資料に掲載されています。しかしながら本品は私が持っている資料のどこにも出ていません。それゆえ本品(スタイル・ナンバー 738)は非常に珍しいモデルに違いなく、手放しがたいとさえ思います。

 グリュエン社のスイスの工場はロレックス社に買い取られ、現在はロレックスの本社となっています。およそ六十年前、グリュエン社があのように唐突に消滅せず、現在まで存続していれば、どれほど素晴らしい時計が世に送り出されたかと想像すると残念でなりません。





 アンティーク時計はどこの店でも修理に対応しない「現状売り」が普通ですが、当店ではアンティーク時計の修理が可能です。本品に関しても、当店では修理が必要となった場合に備え、貴重な部品を保管し、きちんと管理しています。上の写真は本品に適合する部品取り用ムーヴメント、および風防の一部で、この他にも種類ごとに分類された部品が在庫しています。アンティーク時計の修理等、当店が取り扱う時計につきましては、こちらをご覧ください。





 当店の時計は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





438,000円 販売終了 SOLD

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