稀少品 ベンラス 「聖クリストファーよ、われらを守りたまえ」 初期の防水・防塵腕時計 男女ともに使えるスイス製ハイ・ジュエル・ウォッチ 1955 - 1960年頃


ムーヴメントの種類: Benrus cal. DR23 (ETA cal. 2370/2372)

ケース(時計本体の円い部分)の直径: 34.5ミリメートル ※突出部分を除く


耐震装置を装備


1955 - 1960年頃



 聖クリストファーという古代の聖人をモティーフに、アメリカの時計会社「ベンラス」が製作した稀少な時計。元々男性用として作られていますが、1950年代の時計は近年のものよりも小ぶりですので、男女ともにお使いいただけます。





 本品内部の機械をムーヴメント(英 movement)、ムーヴメントを格納する金属製の筐体(きょうたい 容器)、すなわち外側から触れることができる時計本体の金属部分をケース(英 case)といいます。ケースは文字盤を囲むベゼル(英 bezel)と、その下の裏蓋(英 case back)に分かれます。本品のベゼルを真上から見ると標準的なラウンド型(円形)で、飽きが来ないシンプルな形状です。

 本品のベゼルの素材は、ベース・メタルの表面に金の薄板を高温高圧で鑞(ろう)付けした金張り(ゴールド・フィル)です。現代の金めっき(エレクトロプレート)は厚さが一ミクロンから三ミクロン程度ときわめて薄く、質感が安っぽいうえにすぐに剥がれてしまいます。これに対して金張りは、現代の金めっきに比べて数十倍の厚さがあって摩耗に強く、金そのものの色と質感を有します。金張りはコストがかかるので現代品にはほとんど見られませんが、昔の時計は非常に高価であったので、ケースに金張りが多用されています。





 アンティーク腕時計、ヴィンテージ腕時計のムーヴメントは、ベゼル側に格納され、裏蓋で閉じられる場合もありますし、裏蓋に嵌め込まれるように格納され、その上からベゼルを被せられる場合もあります。本品は後者、すなわちムーヴメントを裏蓋に嵌め込まれるように格納し、その上からベゼルを被せる方式に分類されます。ただし本品は 1950年代当時には珍しい防水・防塵(ぼうじん 埃の侵入を防ぐこと)時計です。

 現代のクォーツ時計は防水・防塵仕様が当たり前になっていますが、アンティーク(ヴィンテージ)時計の時代には、防水・防塵時計はありませんでした。時計が防水・防塵になっていなくても、過剰に心配する必要はありません。1950年代の時計は現代の貨幣価値に換算すると何十万円相当の高価格品で、当時の人たちは一人一本しか時計を持っていませんでしたから、非防水の時計を毎日使っていました。当時の人々が当たり前のこととして実践していたように、時計を注意して扱えば、非防水であっても何ら問題はありません。しかしながら時計に防水性・防塵性を持たせることができるのなら、それに越したことはないでしょう。そこで時計に防水性・防塵性を持たせるいくつかの方式が試みられました。





 ぜんまいを巻いたり時刻を合わせたりする際に操作するツマミを、竜頭(りゅうず)といいます。時計のぜんまいを巻いたり時刻を合わせたりする作業は、ケースの外部からムーヴメント内部に向かって差し込まれた棒状部品によって行います。この棒状部品を竜真と言い、竜頭はその末端に取り付けられています。つまり竜頭には竜真という長い棒がついているのであって、この竜真を通すために、ケースと裏蓋には大きな切れ込みがあります。ムーヴメントに水や埃(ほこり)が浸入するには幾つかの経路がありますが、竜真を通すための切れ込みは、時計の防水・防塵に関して最も脆弱な部分です。





 本品の防水・防塵は最も初期に考えられた方式で、竜真まわりから水や埃が浸入するリスクを最小限にするため、裏蓋に切れ込みを入れる代わりに、外向きに筒を突出させています。ムーヴメントは裏蓋に嵌め込まれ、その上に風防が取り付けられます。通常の時計であれば風防はベゼルに接着されますが、本品の風防はベゼルではなく裏蓋と一体になり、風防と裏蓋で構成する気密容器にムーヴメントを封じ込めます。この気密容器にベゼルが被さるわけですが、ベゼルはアクリル製風防との摩擦によって固定されます。本品の竜真はスプリット・ステム(英 split stem)と呼ばれる特殊な種類で、竜頭は筒に蓋をするように押し込められ、気密性の保持に役立っています。

 この方式の防水ケースは時計の防水性・防塵性を向上させる最も初期の試みであり、後の時計には見られない構造です。本品は防塵性を保持する一方、現在では防水性を失っていますが、腕時計の歴史の実物史料として貴重な品物となっています。


 一見して最も目立つ本品の特徴は、中央が聖クリストフォロス(聖クリストファー、聖クリストフ)のメダルとなった文字盤です。聖クリストフォロスは古代の殉教聖人ですが、半ば伝説的な人物です。クリストフォロス(希 Χριστόφορος)という名前は、ギリシア語でキリストを表すクリストスの語根クリスト(Χριστ-)と、「運ぶ人」を表すフォロス(-φορος)を、繋ぎの音(-ο-)を介してくっつけた「キリストを運ぶ人」という意味の合成語で、人名(固有名詞)ではありません。この名で呼ばれるのが歴史上の誰のことなのか分からないのですが、中世からの言い伝えによると、聖クリストフォロスは不慮の突然死から守ってくれる守護聖人とされています。




(上) Robert Campin, dit le maître de Flémalle, "l'Annonciation", 1420, tempera sur bois, 61 x 63 cm, les Musées royaux des beaux-arts de Belgique (MRBAB), Bruxelles


 上の写真はロベール・カンパン (Robert Campin, 1378 - 1444) が受胎告知を描いたテンペラ板絵で、暖炉の上の壁面に、本品の文字盤と同じようなクリストフォロスの聖画が張られています。拡大写真を下に示します。ロベール・カンパンが「受胎告知」を描いたこの作品は、現在ベルギー王立美術館に収蔵されています。





 伝承によると、大きな河のほとりで渡し守をしていたクリストフォロスは、向こう岸に渡してくれるように頼む小さな男の子を背負って河を渡り始めました。ところが男の子は途中であまりにも重くなり、怪力無双の大男といえども前に進めなくなってしまいます。男の子は天地の造り主、神なるキリストでした。天地よりも優れた方であったので、天地よりも重かったのです。この時以降クリストフォロスはキリストに仕える者となり、最後に殉教を遂げました。





 本品文字盤の浮き彫りにおいて、聖クリストフォロスは杖にすがって腰をかがめ、肩に乗せた幼子を見上げています。大男クリストフォロスの隆々たる筋骨は、幼子の重みではち切れんばかりに緊張しています。伸び放題のひげに被われ、髪を振り乱した風貌は野武士のようで、堂々としつつも愛らしい幼子と好対照を為しています。肩の上の幼子イエスは天地の支配権を象徴するグロブス・クルーキゲルを左手に持ち、右手で天を指さして、自らが天地の造り主、神なるキリストであることを宣言しています。浮き彫りの周囲には「聖クリストファーよ、我らを守り給え」(英 St. Christopher, protect us.)と英語で刻まれています。

 聖クリストファーは旅人の守護聖人であり、その姿(絵、浮彫、像など)を見る者は、その日のうちに悪い死(突然の死)に遭うことが無いと言い伝えられています。このため聖クリストファーのメダイ(メダル)が流布しましたが、聖人の加護を受けるためには、メダイを持っているだけではだめで、毎日メダイを見なければなりません。しかし時間に追われる現代人は、メダイを見るのを忘れてしまいます。そこで時計にメダイを嵌め込んだわけです。中世以来のいにしえの言い伝えが現代的合理性と共存したユニークな時計デザインです。





 本品は 1950年代後半頃に制作された時計ですが、1960年代を先取りしたデザインとなっています。文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の目印をインデックス(英 index)といいます。本品のインデックスは金属製の小部品に宝石のようなカットを施し、文字盤に取り付けた立体インデックスです。1950年代の腕時計は12時、3時、6時、9時にアラビア数字を配するのが普通ですが、本品は全てのインデックスが抽象的なマークとなっており、1960年代に流行したバー・インデックス文字盤を先取りしています。

 現代の時計は中三針(なかさんしん)式といって、秒針は時針、分針と同じく文字盤の中央に取り付けられています。しかしながら秒針を時針、分針と同じ位置に取り付けるのは技術的に難しいことで、1950年代までの時計は、ほとんどの場合、六時の位置にスモール・セカンド(小秒針)を取り付けていました。本品は当時としては先進的な中三針式で、1960年代の時計デザインを先取りしています。





 裏蓋はアレルギーを起こしにくく耐摩耗性にも優れたステンレス・スティール製です。ベンラス(BENRUS)の社名の上にシリアル番号、社名の下に防水デザインの特許番号と「ステンレス・スティール製裏蓋」(英 stainless steel back)の表示、他に「防水」(英 waterproof)、「衝撃吸収」(英 shock absorbing)、「防塵」(英 dustproof)の文字が刻印されています。





 本品は電池ではなくぜんまいで駆動します。このような時計を「機械式時計」といいます。機械式時計の基本は手巻き式です。本品も手巻き式で、一日一回、ぜんまいを巻き上げる必要があります。

 三時の位置からケース外に突出したツマミを竜頭(りゅうず)といいます。竜頭は現代のクォーツ式時計にも付いていますが、クォーツ式時計の場合は竜頭を操作する機会があまりないので、使いやすさよりも見栄えを優先して小さな竜頭が付いています。手巻き式時計では毎日ぜんまいを巻き上げる際に竜頭を操作するので、使いやすい大きさの竜頭が付いています。





 本品はスイス製十七石手巻ムーヴメント、「ベンラス DR 23」を搭載しています。「ベンラス DR 23」は ETA 2370/2372 を改変したもので、ちょうどこの頃に開発された衝撃吸収装置、インカブロックを採用しています。

 1950年代の時計は現在の貨幣価値に換算して数十万円以上の高価な品であったので、「一生もの」として使えるように、ムーヴメント(時計内部の機械)にルビー製の部品を使用しました。ルビーはコランダムという鉱物で、モース硬度9と非常に硬く、耐摩耗性に優れているため、時計ムーヴメントのなかでも脱進機をはじめとする特に重要な箇所に使用されました。





 機械式時計のムーヴメントには、摩耗を防ぐべき重要な箇所が十五箇所あり、すべてにルビーを入れると十七個の石が必要になります。上の写真で赤く見えているのがルビーで、本品のムーヴメントには十七個が使用されています。「セヴンティーン・ジュエルズ」(英 17 JEWELS 十七石」と書かれているのは、この意味です。本品のように十七個のルビーを使った時計を「ハイ・ジュエル・ウォッチ」といいます。十七石の時計は、摩耗してはならないすべての場所にルビー製部品を使った高級品です。





 上の左側には「天符」(てんぷ)と、天符の中心部で渦を巻く「ひげぜんまい」が写っています。天符は振子に相当する最重要部品で、ひげぜんまいの働きにより、一定の周期で振動します。「振動」とは往復するように回転することで、「ベンラス モデル DR 23」(ETA 2730/2732)の天符は、一秒あたり二・五往復の割合で振動を繰り返します。

 静止した写真を見ても分かりませんが、本品の天符は元気よく振動しています。天符が元気よく振動するのは、本品のひげぜんまいの状態が良好であるからです。アンティーク時計は時にひげぜんまいが弱っていることがあり、そのような場合は天符の動きが弱弱しく、時計としての余命も長くありません。しかしながら困ったことに、ひげぜんまいの状態が悪く、天符の動きが弱弱しい時計であっても、ひげぜんまいの等時性という性質ゆえに、時間は正確に刻むのです。そのような時計は余命が長くありませんが、遂に時計としての寿命が尽きて動かなくなる日まで、時間を正確に刻みます。時間が合うかどうかは、ひげぜんまいの状態(時計の寿命)とはほぼ無関係なのです。したがって時間が合うからと言って、アンティーク時計の状態が良いとは限りません。

 当店ではアンティーク時計の修理に対応しているため、ひげぜんまいを始め、各部品の状態が良い時計しか販売しません。ご安心ください。





 天符には精度を微調整するための「チラネジ」が多数取り付けられています。上の写真はムーヴメントの動作中に撮影したのでチラネジはぶれていますが、チラネジが取り付けられた環状部分(天輪)は、高速の振動にもかかわらず、全くぶれずに写真に写っています。これは天真(天符を支える心棒)に曲がりが一切無く、良い状態であることを示しています。天真が曲がると時間が合いませんから、天真が曲がっていないのもアンティーク時計選びの重要な点です。





 男性がスーツを着る場合、上着の袖口からシャツのカフス(袖口)が覗くのが正しい着方ですが、近年の時計のように大きなサイズだと、時計が邪魔になってシャツの袖が手首まで下りません。ヴィンテージ・ウォッチではそのような問題が起こらず、スーツをスマートに着こなせます。





 本品は男性用として作られた時計ですが、二十世紀半ばの男性用時計は現代の女性用時計に近いサイズであり、デザインの点でも上品ですので、女性にも充分にお使いいただけます。

 本品のバンド幅は十八ミリメートルで、サイズさえ合えばお好きな材質、色、質感、長さのバンドに替えることができます。時計会社はバンドまで作っていませんので、アンティーク時計のバンドをお好みのものに取り替えても、アンティーク品としての価値はまったく減りません。時計お買上時のバンド交換は、当店の在庫品であれば無料で承ります。

 当店はアンティーク時計の修理に対応しております。アンティーク時計の修理等、当店が取り扱う時計につきましては、こちらをご覧ください。





 1950年代当時、本品のようなハイ・ジュエル・ウォッチの価格は初任給の三カ月分に相当しました。クォーツ式(電池式)の安価な時計が容易に手に入る現在から見ると、昔の時計は想像もつかないほど高価な品物であったわけですが、製造後数十年経った時計でも普通に使えるという「一生もの」のクオリティを備えていたのであって、いわゆるブランド代ゆえに品質に比べて価格が高すぎる商品とは事情が異なります。初任給三カ月分の価格が付いた商品には、初任給三カ月分の実質的な値打ちがあったのです。

 当店の時計は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





148,000円 税別

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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