エルジン 《グレード 463》 腕時計に変わる直前の女性用時計 懐中時計兼用のコンヴァーティブル・ウォッチ 1920年



 十九世紀は懐中時計の時代でした。初期の懐中時計はムーヴメントが大きく分厚かったのですが、技術の進歩によって小型で薄いムーヴメントが製作されるようになり、およそ百年前には時計を手首に快適に装着できるようになりました。





 男性は大きな時計、女性は小さな時計を使っていましたから、小さな時計を手首に装着しはじめたのは、女性たちでした。このようにして、およそ百年前に、まず女性が腕時計を身に着け始めました。上の写真はいずれも二十世紀初頭に撮影されたもので、二人の女性は、小さな懐中時計にバンドを取り付けたものを、「腕時計」として装着しています。





 懐中時計から腕時計への移行期に見られた「腕時計型懐中時計」(あるいは「懐中時計型腕時計」)を、「トランジショナル・ウォッチ」と呼んでいます。「トランジショナル・ウォッチ」(transitional watch) とは、英語で「移行期のウォッチ」という意味です。上の写真の女性が装着している時計は 1910年代のトランジショナル・ウォッチで、本品に良く似ています。





 本品はアメリカのシカゴ近郊に世界最大の時計工場を持っていたエルジン・ウォッチ・カンパニー(エルジン時計会社)が 1920年に制作した最初期の腕時計、「トランジショナル・ウォッチ」です。突出部分を除く時計の直径は三十一ミリメートル、クリスタル(ガラス製風防)を含む時計全体の厚さは十ミリメートル強です。

 百年前の時計は現代の時計のような「クォーツ式」ではなく、ぜんまいで動く「機械式」です。電池で動くクォーツ式時計は 1970年代から使われ始めます。本品が製作された1920年は、クォーツ式腕時計が存在しないのはもちろんのこと、本格的腕時計そのものもまだ存在せず、「ウォッチ」といえば懐中時計のことでした。


 ぜんまいを巻いたり、時刻を合わせたりするためのツマミを、「竜頭」(りゅうず)といいます。1920年代以降、現代に至るまで、腕時計の竜頭は三時の位置に付いています。これに対して「腕時計型懐中時計」、あるいは「懐中時計型腕時計」である本品は、懐中時計と同様に、十二時の位置に竜頭が付いています。「ボウ」(英 bow)と呼ばれる枠が竜頭を囲むように付いている点も、懐中時計と同じです。





 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計本体の外側)を「ケース」(英 case)といいます。 本品のケースはスリー・ピース構造で、文字盤を取り巻くベゼル(英 bezel)、ムーヴメントの枠となるケース本体、裏蓋に分かれます。上の写真は本品の背面、すなわちケース裏蓋の側を撮影しています。

 ケースの材質は板状の金をベース・メタルに張り付けたゴールド・フィルド(金張り)で、現代の金めっき(エレクトロ・プレート)に比べると、金の厚みは数十倍に達します。金の層が厚いため、摩耗に強く、見た目にも高級感があります。本品のケースに張られている金は十カラット・ゴールド(純度 10/24のゴールド 十金)または十二カラット・ゴールド(純度 12/24のゴールド 十二金)で、十八カラット・ゴールド(純度 18/24のゴールド 十八金)に比べて金そのものの強度が格段に強く、色の点でも淡く上品なシャンパン・ゴールドをしています。

 本品のケースは懐中時計そのものの形をしています。

 まず第一に、本品よりも少し後に登場し始めた本格的腕時計は、ケースの裏蓋がケース本体と完全に分離しています。しかしながら本品はケースの裏蓋が蝶番(ちょうつがい)で開くようになっています。上の写真でケースの左側の端に写っている直線状の部分が、蝶番です。懐中時計のケースの様式はさまざまで、「蝶番式」に並んで「こじ開け式」や「ネジ式」のものも多くありましたが、本格的な腕時計の時代になると「蝶番式」は姿を消し、裏蓋はすべて「こじ開け式」か「ネジ式」になります。本品の「蝶番式」裏蓋は、懐中時計特有の様式です。

 第二に、本品はケースからバンドを自由に外すことができ、バンドを外すと懐中時計になります。というよりも、懐中時計にバンドを取り付けて手首に装着できるように、バンドのフックを掛けるための金具を十二時側と六時側に設けたのが本品です。したがって本品は懐中時計と腕時計の二通りに使うことができます。このような時計は「トランジショナル・ウォッチ」のなかでも特に古いタイプのもので、「コンヴァーティブル・ウォッチ」と呼ばれます。「コンヴァーティブル」(convertible) とは英語で「両用式」という意味で、懐中時計と腕時計の両様に使うことができるゆえに、このように名付けられています。





 このページの商品写真では、非常に美しい彫金細工を施した金色のバンドを本品に取り付けています。このバンドは端のフックがバネで開閉するようになっています。全体の長さもバネで伸縮します。どちらのバネも破損の無い良好な状態です。時計とバンドを合わせた本品の全長(手首周りのサイズ)は、バネが全く伸びていない状態で測ると、十七センチメートル強です。バンドの材質は十二カラット・ゴールドの金張りで、「1913年3月11日 特許出願中」() PAT. PEND. 3. 11 )の刻印があります。

 「金張り」(ゴールド・フィルド)とは、金の薄板を、高温高圧によって、ベース・メタルの表面に鑞(ろう)付けした素材です。金張り製品の金の厚さは、現代の金めっき(エレクトロ・プレート)はもちろんのこと、同時代の「ロールド・ゴールド・プレート」に比べてもずっと分厚いのですが、とりわけこのバンドの金張りは "1/10 12KGF" の刻印があり、通常の金張りの倍の厚さです。バンドのどこにも金が剥がれた箇所は無く、たいへん綺麗な状態です。淡く上品な金色が時計本体によく調和しています。





 このバンドを使ったときに適合する手首のサイズは、上に書いた通り、十七センチメートル強ですが、バンドを手の先から通して装着する際には、バネで伸びてサイズが大きくなります。手の先から通して装着しづらい場合は、バンドの片方の端を時計から外した状態で、時計を手首の上に置き、もう一方の端を時計側の金具に引っかけて装着しても構いません。

 アンティーク時計全般に共通していえることですが、時計のメーカーとバンドのメーカーは別です。アンティーク時計に付いているバンドは、たまたまその時計に取り付けられているだけのことで、時計とバンドの組み合わせに必然性はありません。本品の場合も事情は同じで、この彫金バンドは時計と同じ年代のものですが、この時計用に作られたわけではなく、たまたまこの時計に取り付けられているだけのことです。したがってサイズや好みに合わない場合は、他のバンドと交換することができます。

 このバンドでは短すぎる場合、コード・バンド、金属製バンド、革バンド、リボンのバンド等を用いて対応可能です。ただし、美しくなくなるわけでは決してありませんが、見た目の印象がかなり変わりますので、サイズが合わない場合はご来店のうえご相談いただくのが望ましいかと存じます。バンドを他のものに交換すると、商品の価格(時計代とバンド代の合計金額)が変わります。変更後の価格は高くなるとは限らず、安くなる場合もあります。お客様と相談の上、適切なバンドをご用意いたしますので、お気兼ねなくご相談ください。





 時計本体の説明に戻ります。

 時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を「文字盤」(英 dial)、文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を「インデックス」(英 index)といいます。本品のようなアラビア数字のインデックスは、二十世紀前半までの時計の特徴です。1950年代半ばから1960年代以降になると、棒状の「バー・インデックス」が圧倒的に多くなります。


 六時の位置はスモール・セカンド(英 small second 小秒針)用の文字盤があり、小さな秒針が回転しています。小秒針の彫刻的な形は懐中時計時代の名残で、後世の腕時計には見られないものです。

 現代の時計の秒針は「センター・セカンド」といって、短針、長針と同様に、時計の中央に取り付けられています。しかしながら時計の中央に秒針を取り付ける方式のムーヴメントを制作するのは技術的に困難で、センター・セカンドが普及するのは1960年代です。懐中時計の秒針、および二十世紀前半の男性用腕時計の秒針は、ごく少数の例外を除き、六時の位置にスモール・セカンド(小秒針)が取り付けられています。




(上) 本品を、1950年代の男性用腕時計と並べて撮影しました。男性用腕時計も当店の商品です。


 女性用時計は男性用時計よりも小さくデザインされます。特に 1930年代から 1970年代の女性用腕時計は極小化し、一円硬貨よりも小さなサイズになりました、時計がここまで小型化すると、六時の位置にスモール・セカンドを付けてもほとんど見えません。それゆえ 1930年代から 1970年代の女性用腕時計には秒針が無いのが普通です。しかしながら 1920年に制作された本品は、女性用アンティーク腕時計としては大きく、男性用腕時計とほぼ同じサイズです。そのような理由で、本品は女性用アンティーク時計には珍しく、秒針を有します。


 本品の文字盤は半艶消しの金色で、「エルジン」のロゴ (ELGIN) が黒で書かれています。艶を消した金色の文字盤は、1920年代前半までの懐中時計および腕時計(トランジショナル・ウォッチ)にほぼ限られる特徴です。1920年代後半になると白い文字盤が圧倒的多数を占めるようになり、金色の文字盤は姿を消します。

 本品の文字盤は再生(リファービッシュ、リダン)したものではなく、時計が製作された当時のオリジナルです。百年近く前の品物であるにもかかわらず、文字盤は稀に見る綺麗な保存状態です。


 時計のなかには青い針を持つものがあります。時計の針が鋼鉄製である場合、加熱により青い酸化被膜を作り、錆の発生を防ぎます。加熱して得られた酸化被膜のせいで青く見える鋼鉄を、「ブルー・スティール」(英 blue steel 「青い鋼(はがね)」の意)といいます。

 「ブルー・スティール」を作るには手間がかかるので、現代の時計に見られる青い針は、大抵の場合、「ブルー・スティール」を模して青く塗装しています。本品の針は時針、分針、小秒針とも真正のブルー・スティールです。





 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)といいます。本品のムーヴメントは電池ではなくぜんまいで動いています。本品のようにぜんまいで動く時計を「機械式時計」といいます。良質の機械式時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはモース硬度「9」と非常に硬い鉱物(コランダム Al2O3)ですので、時計の部品として使用されるのです。

 上の写真は本品の裏蓋を開けたところで、エルジン社製手巻きムーヴメント、グレード 463 が見えています。写真の奥のほうにエフ(F fast)とエス(S slow)の間を指す長い針(緩急針)が見えます。緩急針の基部はリング状になっており、リング内の中心部に小さな部品があって、両側からネジで固定されているのが見えます。これはルビーを金(きん ゴールド)の枠に嵌め込み、ステンレス・スティール製基盤(受け石座)に押し込んだものです。ルビーは一個しか入っていないように見えますが、この周辺に七個が使用されています。

 現在、時計の主要生産国はスイス、日本、中国ですが、二十世紀前半までのアメリカ合衆国では時計産業が盛んで、その品質はスイス製をしのいでいました。アメリカの時計産業は日本との戦争が遠因になって衰退、消滅し、アメリカ国内で時計を製作していた最大手のエルジン社も、1968年に操業を停止しました。本品はエルジン社が元気であった 1920年の製品ですので、ムーヴメントの表面には「アメリカ合衆国」(U. S. A.)の文字が誇らしげに彫り込まれています。





 当店は数少ないアンティーク時計の修理対応店です。アンティーク時計はどこの店でも原則的に「現状売り」で、壊れても修理が困難ですが、アンティークアナスタシア店主にはアンティーク時計に関する十分な専門知識がありますし、本品「エルジン グレード 463」に関しても、数個のムーヴメントをはじめとする部品を保有しているため、他店で不可能な修理に対応できます。

 お支払方法は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。

 なお下記の価格は、時計を上の写真に写っている彫金バンドと組み合わせた場合の、時計とバンドの合計額です。他のバンドに交換すると、価格が変わることがあります。





本体価格 128,000円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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