真珠 その四 クロチョウガイとクロチョウ真珠
huîtres perlières marines et leur perles ― 4. Pinctada margaritifera et ses perles




(上) 石垣島で養殖されているクロチョウガイ




(上) 澎湖島のクロチョウガイ




(上) バーレーン島のクロチョウガイ


 クロチョウガイ(Pinctada margaritifera, Linnaeus, 1758)はアコヤガイ属の海産真珠貝で、学名ピンクタダ・マルガリーティフェラは「真珠を生むピンクタダ」という意味です(註1)。我が国で真珠と言えば真っ先にあこや真珠が思い浮かぶゆえに、アコヤガイ(Pinctada fucata)ではなくクロチョウガイが「真珠を生むピンクタダ」と名付けられていることを不思議に感じます。しかしながら日本人が真珠と聞いてあこや真珠を思い浮かべるのは、古来日本本土に産する海産真珠があこや真珠のみだからであって、これは日本の特殊事情に過ぎません。地理的・歴史的により広い視野で考えれば、アコヤガイを海産真珠貝の代表と看做すことには何等の必然性も無いと気付きます。

 クロチョウガイにピンクタダ・マルガリーティフェラという学名を与えたのは、スウェーデン人のカール・フォン・リンネ(Carl von Linne, 1070 - 1778)です。ヨーロッパの海に真珠は産しませんから、リンネの時代にヨーロッパに輸入された海産天然真珠はペルシャ湾のあこや真珠と黒蝶真珠、マナール湾のあこや真珠、新世界産のあこや真珠と黒蝶真珠が主体です。二種の真珠を比べると、あこや天然真珠は直径三ミリメートル以下と小さなサイズです。これに対して黒蝶天然真珠はあこや真珠と同様の色と質感でありながら、はるかに大きなサイズのものが得られ、あこや真珠よりも格段に立派な真珠と感じられたことでしょう。リンネがクロチョウガイを海産真珠貝の代表と看做し、ピンクタダ・マルガリーティフェラと名付けたのは、このような理由によります。


 クロチョウガイの大規模な養殖は、タヒチをはじめとするポリネシア東部(註2)、クック諸島(ポリネシア中央部に属する)、サモア(ポリネシア西部に属する)、ニュー・カレドニア(フランスの海外領土でメラネシアに属する)で行われています。わが国では石垣島に養殖場があります。クロチョウガイはカリフォルニア湾にも分布します。ジョン・スタインベックが 1947年に書いた短編「真珠」は、クロチョウガイから大きな天然真珠を見つけた漁師の悲劇を語っています。




(上) クロチョウガイの芥子真珠 当店の商品です。


 クロチョウガイは神秘的な黒真珠を産むことで知られます(註3)。クロチョウ真珠が黒いのは、数千層に及ぶ褐色のコンキオリンが重なっているためです。クロチョウ真珠の褐色のコンキオリンは赤、緑、黄色の色素を含むゆえに、クロチョウ真珠の色には最も高く評価されるピーコック・グリーンの他、赤みを帯びたもの、青みを帯びたものなど、無数のヴァリエーションがあります。クロチョウ真珠にはバロック(註4)が多く、また鉢巻状に真珠を取り巻くサークルがしばしば見られます。





 上の写真はクロチョウガイの成長を示したもので、外套膜縁膜部が黒い真珠層を作り、それがのちに白い真珠層で被われる様子がわかります。生きた貝の中で長期間を経過すると、初め黒かったクロチョウ真珠は白い真珠に変わります。上の写真に写っているのは貝殻の内側ですが、真珠の表面にもこれと同じことが起こります。それゆえ表面が黒いクロチョウ真珠が欲しければ、時期を見極めて貝から取り出す必要があります。

 人の手が加わらないクロチョウ天然真珠には、白いものが多く見られます。天然真珠は真珠層が厚いので、白いクロチョウ天然真珠はたいへん美しい照りを有し、非常に大きな価値があります。しかるに養殖クロチョウ真珠にも白っぽいものが見られますが、これはおそらくセカンド・オペレーションによってできた真珠で、黒褐色の真珠層が薄いゆえに核の色が透けて見えている状態です。このような真珠はサイズは大きくとも肝心の照りが良くなく、巻き(真珠層)が薄いために耐久性にも劣ります。

 なおシロチョウガイのセクションで述べるように、白色のシロチョウ真珠(南洋真珠)はしみ抜き(漂白)が施され、ときには形を球形に整えるために表面を削ることもあります。しかるにクロチョウ真珠はしみ抜きも調色も行われず、自然のままの状態でジュエリーになります。





 貝が殻を作る際、外套膜の縁膜部と中心部はいずれも真珠層を形成します。クロチョウガイの場合、ブラック・リップと呼ばれる有色真珠層(黒っぽい真珠層)は縁膜部寄りの部分で、白色真珠層は中心部で、それぞれ形成されます。すなわちクロチョウガイの貝殻において、成長に伴って新しく伸長した部分の真珠層は黒いですが、後にはその上に白色真珠層が形成され、黒く見えていた真珠層は白色真珠層の下に隠れることになります。

 真珠は本質的に貝殻と同じものです。それゆえクロチョウガイの真珠はクロチョウガイの殻と同様の過程で成長します。クロチョウガイの真珠は有色真珠層に被われて、ブラックリップと同様に黒みがかった色ですが、貝から取り出さずに放置すると有色真珠層は白色真珠層に被われ、やがては白い真珠になるのです。





 フランス領ポリネシアの島々は五つのグループに分かれます。タヒチ島はソシエテ諸島(仏 l'archipel de la Société)に属しますが、その東方に広がるツアモツ諸島(トゥアモトゥ諸島 仏 l'archipel des Tuamotu 註5)からガンビエ諸島(仏 l'archipel des Gambier)にも、タヒチは強い影響力あるいは支配力を及ぼしています。フランス領ポリネシアのクロチョウ真珠はタヒチ真珠の名で知られますが、その産地はツアモツ諸島が中心となっています。

 十九世紀後半、ツアモツ諸島から美しい天然クロチョウ真珠がフランスにもたらされました。第二帝政期のフランス皇帝ナポレオン三世の妃ウジェニー(Eugénie de Montijo, 1826 - 1920)はこの真珠を愛好し、ヨーロッパにおけるクロチョウ真珠人気の火付け役となりました。

 真珠とは無関係ですが、多くのクロチョウガイの外套腔には、クロチョウカクレエビ(Conchodytes meleagrinae, Peters, 1852 テナガエビ科カクレエビ属)という小さなエビが寄生しています。雌雄一対が寄生している場合が多く、メスの頭胸甲長は六ないし十ミリメートル前後、オスはその半分くらいの大きさです。


註1 イタリア語ピットゥラーレ(伊 pitturare 彩色する)やスペイン語ピンタル(西 pintar 彩色する)の語源となったラテン語は、ピクターレ(羅 PICTARE)である。フランス語パンドル(仏 peindre 彩色する)の語源となった俗ラテン語はピンゲレ(pingere*)と再建される。アコヤガイ属を表す学名ピンクタダは、これらの動詞をもとにラテン語動詞の完了分詞あるいはスピーヌムを模して作られた造語で、殻に色がついているとの意味であろう。正式なラテン語で言えば、ピクタータ(羅 PICTATA)である。

 ピンクタダがラテン語動詞の完了分詞を模しているとの前提で語の分析を進めれば、この語では上記ピンゲレ(pingere*)の接中辞エヌ(-n-)が完了幹に保存されていることになる。しかしながらラテン語の接中辞エヌは動作や状態変化の始動・継続を示すのであって、少なくとも古典ラテン語においては未完了幹にしか現れない。またピンクタダでは完了幹がデ(-d)で終わっていることになり、これはスペイン語を想起させるが、スペイン語であればピンタダ(西 pintada)であって、ピンクタダではない。これらのことからピンクタダはロマンス語を元にし、ラテン語風に形を整えた造語であることがわかる。

 種名マルガリーティフェラはマルガリータ(羅 MARGARITA 真珠)の語幹(margarit-)と、有する、生み出すという意味のラテン語形容詞語尾フェル(-fer)を、つなぎの音(-i-)を解して結び付けたものである。語尾フェルは女性単数主格形フェラ(-fera)になっている。

註2 ポリネシア人はクロチョウガイの貝殻を釣り針やナイフ、貨幣に使用する。この貝からは美しい真珠が採れるにもかかわらず、天然クロチョウガイの産地であるポリネシアでは、真珠は全く利用されていない。これはかつてシロチョウガイ養殖が貝殻のみを目当てに行われたのと同じ理由によるであろう。

(下) クロチョウガイ製貝貨と疑似餌。ポリネシアのもの。




註3 黒い真珠はクロチョウガイだけではなく、アコヤガイやマベガイからも採れる。

註4 球形に整わない真珠をバロック(仏 baroque 西 barroco 伊 barocco)と呼ぶ。バロックの語源は不詳であるが、一説にはラテン語ウェッルーカ(羅 VERRŪCA, ae, f. 瘤、隆起)にさかのぼるとされる。ウェッルーカの語根は印欧基語ウェル(*wer-)で、ワリクス(羅VARIX, icis, m. 巻貝の螺塔、静脈瘤)の語根と同じである。

註5 フランスはアルジェリアとポリネシアに核実験を有していた。ポリネシアの核実験場はムルロア(Mururoa/Moruroa)とファンガタウファ(Fangataufa)の二環礁で、いずれもツアモツ諸島の南部にある。



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