古美術品修復に見る十八世紀の審美的感覚と時代の精神
essai sur l'esthétique du XVIIIe siècle dans quelques restaurations des antiquités





(上) "The Townley Discobolus", second century, marble, height 1690 mm, the British Museum


 あらゆる物事を論じる際、人は自分が生きている時代に行われている感覚あるいは価値観を、無意識の裡(うち)に前提とします。

 「経年によって破損したり劣化したりした古美術品を、どのような状態で保存すべきか」という問題に関しても、時代によって考え方が異なります。筆者(広川)自身は、別稿で論じた通り、古美術品をみだりに修復すべきでないと考えます。しかしながら筆者は二十一世紀人であるゆえに、現代人の感覚あるいは価値観を無意識のうちに前提としてしまっています。それゆえ筆者の考えは、いつの時代にも通用する客観的妥当性を有するわけではありません。「古美術品をみだりに修復すべきでない」というのは二十一世紀的な考え方であり、時代が変われば通用しない主張といえます。

 1740年代にゴシック・リヴァイヴァルが起こったイングランドでは、十九世紀になっても古美術品への関心が高く、古い聖堂の修復が盛んに行われました。しかるにウィリアム・モリス(William Morris, 1834 - 1896)やジョン・ラスキン(John Ruskin, 1819 - 1900)は、「古美術品の修復とはすなわち後世の手を入れることであって、古美術品の尊重とは異なる」と考えました。ウィリアム・モリスは古い書物を愛しましたが、インキュナブラ(羅 INCUNABULA 十五世紀までの印刷本 複数主格・対格形)に手を加えるのではなく、自らケルムスコット・プレス(the Kelmscott Press, 1891 - )を興して、晩年はその活動に没頭しました。古美術品の「修復」を疑問視する彼らの思想は、二十一世紀に生きる現代人の考え方と共通します。

 しかしながら十八世紀の人々は古美術品を改変し、それを修復と看做すことに何の疑問も抱きませんでした。詐欺の意図を以て行われる捏造(でつぞう でっち上げ)もありましたが、多くの場合は善意に基づく「修復」で、自分たちの審美眼に適(かな)うように古美術品の欠損箇所を補い、ときには欠損していない部分にも多少の改変を加えることさえありました。古美術品をいっそう美しくするのは良いことであり、正当な修復に他ならないと考えられたのです。本稿では十八世紀の審美的感覚、及び古美術品保護に関する考え方が、現代とは大きく異なっていたことを、この時代に行われた「修復」の実例に即して示します。


【実例その一 「タウンリーの円盤投げ選手」の修復】

 十八世紀の人々は、現代人とは違って、古美術品は完品でなければ価値がないと考えていました。頭部や腕が逸失した像は美しいとは感じられず、美しくないゆえに無価値であると看做されたのです。それゆえ逸失した部分は可能な限り補うべきだと感じられて、しばしば捏造に類する「修復」が行われました。

 そのような修復作品の有名な一例は、このページ最上部に写真で示した大理石像、大英博物館が収蔵する「タウンリーの円盤投げ選手」("the Townley discobolus")でしょう。この像は 1791年にヴィッラ・アドリアーナで発掘された二世紀の作品で、紀元前五世紀のアテナイで活動した彫刻家エレウテライのミュローン(Μύρων, fl. c. 480 - 440 B. C.)によるブロンズ像の模刻と考えられています。

 「タウンリーの円盤投げ選手」はイタリア北部カッラーラ(Carrara トスカーナ州マッサ=カッラーラ県)産の大理石でできており、出土したときは頭部を欠いていました。しかるにローマで古美術商を営んでいたトーマス・ジェンキンズ(Thomas Jenkins, 1724 -1798)は、大きさがちょうど釣り合う古典彫刻の頭部を選んで、「タウンリーの円盤投げ選手」に接合しました。接合された頭部は「タウンリーの円盤投げ選手」とは無関係ですが、カッラーラ産大理石でできていて色がぴったりと合っているうえに、接合技術も巧みです。自分が円盤を投げるときに執るであろう姿勢を想定しない限り、不自然さに気づきません。




(上) "Discobolo, la versione Lancellotti", c. 140 A. D., marmo, altezza 124 cm, il Museo Nazionale Romano di Palazzo Massimo


 上の写真はローマのパラッツォ・マッシモにある「円盤投げ選手」像です。この像は「タウンリーの円盤投げ選手」と同じく二世紀に作られたミュローンの模刻であり、数あるミュローンの模刻のうち、頭部が胴部と繋がったまま現存する唯一の例です。「タウンリーの円盤投げ選手」が足元の地面を見ているのに対して、パラッツォ・マッシモの「円盤投げ選手」は地面に視線を注ぐのではなく、右手に持った円盤を見ています。

 二つの彫刻は同じブロンズ像の模刻ですから、「タウンリーの円盤投げ選手」の頭部の向きが間違っている(本来の姿と違っている)ことは明らかです。円盤を投げる人が実際に執るであろう姿勢を考えても、パラッツォ・マッシモの「円盤投げ選手」のほうがずっと自然な態勢です。この点を指摘されたトーマス・ジェンキンズは、考古学者エンニオ・クィリノ・ヴィスコンティ(Ennio Quirino Visconti, 1751 - 1818)に頼んで論文を書いてもらい、「タウンリーの円盤投げ選手」はミュローンの原作の欠点を矯正したのであって、この姿勢こそがあるべき姿だと強弁しました。

 「タウンリーの円盤投げ選手」の頭部の向きは紀元前五世紀の原作と異なりますが、トーマス・ジェンキンズはこの事実を認めたうえで、むしろこれを古代ギリシア彫刻の改良であると主張しました。ジェンキンズは像の売買に利害関係がある商売人でしたが、ジェンキンズの主張を補強する内容の論文を執筆した考古学者ヴィスコンティも、「タウンリーの円盤投げ選手」が不出来な原作の改良であると、本気で考えていたように思えます。その証拠に、頭部が欠損した別の円盤投げ選手像がこの後に見つかり、ヴァティカンのコレクションに加えられた際、ヴィスコンティは頭部を新しく作らせ、ミュローンの「改良版」、すなわち「タウンリーの円盤投げ選手」と同様の方式に従って、円盤投げ選手に地面を見つめさせました。この像を購入した古美術蒐集家チャールズ・タウンリー(Charles Townley, 1737 - 1805)も、頭部がミュローンの原作とは逆向きに取り付けられていることを承知のうえで、「改良版」であるこの像を購入しました。下の絵はヨハン・ゾファニー(Johann Zoffany, RA, 1733 - 1810)がチャールズ・タウンリー邸の彫刻展示室を描いた作品です。「タウンリーの円盤投げ選手」は左手前に置かれています。


(下) Johann Zofany, "Charles Townley in the Park St. Gallery", 1782, Oil on canvas, 127 x 102 cm, Towneley Hall Art Gallery and Museum




 ジェンキンズに味方した考古学者エンニオ・クィリノ・ヴィスコンティ(Ennio Quirino Visconti, 1751 - 1818)はローマ教皇領の考古庁長官(Commissario delle Antichità)であり、弟のフィリッポ・アウレリオ・ヴィスコンティ(Filippo Aurelio Visconti, 1754 - 1831)も古典学者でした。エンニオ・クィリノ・ヴィスコンティの父ジョヴァンニ・バティスタ・ヴィスコンティ(Giovanni Battista Visconti, 1722 - 1784)は、ヴィンケルマン(Johann Joachim Winckelmann, 1717 - 1768)の後を継いで考古庁長官となった高名な考古学者であり、ヴァティカン美術館(Museo Pio-Clementino)の創設者でした。要するに考古学、古典学において、ヴィスコンティ家は並ぶもの無き権威であったのです。それゆえエンニオ・クィリノ・ヴィスコンティの論文には重みがあり、「タウンリーの円盤投げ選手」がミュローンの原作の改良版であるという主張は、その不自然さにもかかわらず、正当性を認められました。

 上記のような経緯を経て、「タウンリーの円盤投げ選手」は、頭部を欠く他の像を修復する際の規範となりました。地面を見つめる「タウンリーの円盤投げ選手」は、2004年にアテネで第二十八回オリンピック大会が開かれた際、2ユーロ記念硬貨の図柄に採用されています。



【実例その二 「ラトモスの山頂で眠るエンデュミオーン」の修復】



(上) "Endymion sleeping on Mount Latmos", second century, marble, length 1290 mm, the British Museum


 古美術品の保存に関する考え方が時代によって異なることを端的に示す二つ目の例として、やはりトーマス・ジェンキンズがチャールズ・タウンリーに売った「エンデュミオーン像」を取り上げます。エンデュミオーン(Ἐνδυμίων)とはギリシア神話に登場する羊飼いで、この青年に恋をした月の女神セレーネー(Σελήνη)によって、老化しないように永遠に眠らされました。

 ローマ旧市街のすぐ外側に、古代遺跡ヴィッラ・デイ・クインティーリ(Villa dei Quintili)があります。トーマス・ジェンキンズはここで眠る青年像を見つけてチャールズ・タウンリーに売ろうとしましたが、像は右手が欠損しており、またタウンリーは像の全体的な風合いが気に入らなかったので、購入を断りました。そこでジェンキンズは右手を作って取り付るとともに、像の表面を削ってプロポーションを改善しました。タウンリーは「修復」後の像を気に入って、購入に踏み切りました。この像が誰を表しているのかは不明ですが、「ラトモスの山頂で眠るエンデュミオーン」("Endymion sleeping on Mount Latmos")と命名されて、現在は大英博物館に収蔵されています。筆者(広川)の意見では、この像が「アポッローン・リュケイオス」(Ἀπόλλων Λύκειος, APOLLO LUCEUS)である可能性も考えられます。


【十八世紀に行われた古美術品修復の背景にある思想】

 上に挙げた二例のうち、「タウンリーの円盤投げ選手」は紀元前五世紀の原作に基づいて紀元二世紀に制作された模刻です。したがってこの大理石像に関して金銭的利害関係があるトーマス・ジェンキンズの意見は差し措くとしても、公平性が期待される考古学者ヴィスコンティが「紀元前五世紀の像を改良して紀元二世紀の像が作られた」とした主張の内容は、後者もまた古代彫刻であるゆえに、古代を尊重し、古代を範とする精神的態度から逸脱してはいません。

 しかしながら形式の上で逸脱が見られないとしても、紀元前五世紀の像と紀元二世紀の像を比べて後者に進歩を見出す心性は、美の基準が現代(すなわち十八世紀)の精神にあることを暗黙の裡に前提しています。すなわち十八世紀の美術愛好家たちは、より古い美の基準に他律的に従うのではなく、どちらが美しいかを自律的に判断しているのであって、これは近代的自我が無ければ生まれない心的態度です。

 さらに分かりやすいのは、チャールズ・タウンリー旧蔵の「ラトモスの山頂で眠るエンデュミオーン」です。タウンリーはこの像を修復前に目にしていますが、初めて見たときには購入を断り、修復あるいは改変を受けた像が自身の好みに合うようになった後に購入しています。現代の個人収集家や美術館であれば、古美術商が改変したと分かっている美術品を購入することは無いでしょう。そもそもこの古代彫刻は誰の像かわからないのであって、それを時代の好みに合うように改変し、「ラトモスの山頂で眠るエンデュミオーン」と名付けるのは、現代人の目から見れば捏造(でつぞう)、よく言っても半ば創作と言えましょう。

 ここで建築に目を移すと、十八世紀のイギリスでは、アンドレア・パッラーディオ(Andrea Palladio, 1508 - 1580)の「建築四書」("I Quattro Libri dell'Architettura", 1570)に従って建てられた趣味の良いカントリー・ハウスが、貴族の理想の住まいとされました。しかるに十八世紀後半になるとこの原則は徐々に崩れ、ネオ・ゴシック様式に基づく「ストロベリー・ヒル」(Strawberry Hill, 1749 - )をはじめ、これまで見られなかったタイプのカントリー・ハウスが出現します。十八世紀後半のイギリスでは、「ストロベリー・ヒル」が嚆矢となったゴシック・リヴァイヴァルに並行して、ギリシア古典建築の実例に厳密に従おうとするギリシア・リヴァイヴァルも起こりましたから、古典古代は少なくとも一部において至上の規範であり続けたことがわかります。しかしながらその一方で、多様な建築様式が選ばれ始めたという事実そのものが、選択を為す主体、すなわち近代人の自律的心性の成立を指し示しています。十八世紀建築に見られるこのような動きは、同時代に行われた古美術品の修復の在り方と無関係ではないと、筆者(広川)は考えています。


【結び】

 チャールズ・タウンリーの「円盤投げ選手」や「エンディミオーン」に対して加えられた修復は、現代人の感覚でいえば古美術品の不当な改変であり、捏造と言っても過言でない乱暴な行為です。しかしながらそう考えるのは二十一世紀人の感覚であって、十八世紀人の感覚はわれわれとは異なります。

 ディルタイを引き合いに出すまでもなく、我々の思想や感覚は時代と文化圏によって規定されています。この自明の事実に鑑みれば、文化財保護のあるべき姿を完全な客観性を以て論じることは、原理的に不可能であると認めざるを得ません。

 しかしながら古美術品に対して不可逆的な修復を加えると、後の時代に分析技術が進歩すれば得られたであろうデータが、回収不可能な形で失われてしまいます。これは歴史研究にとって大きな損失であり、古美術品の過度な修復に対して筆者(広川)が批判的な立場を取る理由です。古美術品に関してどの程度の修復まで許容するべきかという問題は、議論を重ねたうえで慎重に判断する必要があります。



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