アボット・ハンダスン・セイヤー作 「玉座のおとめ」 1893年シカゴ万博出展作 グピルによる古典的フォトグラヴュール 206 x 290 mm アメリカ 1895年

a photogravure by Goupil, based on "Virgn Enthroned" by Abbott Handerson Thayer, from "Art of the World" by Ripley Hitchcock, published by D. Appleton, 1895


原画の作者 アボット・ハンダスン・セイヤー(Abbott Handerson Thayer, 1849 - 1921)

製版 グピル(Goupil et Cie)


フォトグラヴュールの画面サイズ  縦 290ミリメートル  横 206ミリメートル


1895年



 アメリカの画家アボット・ハンダスン・セイヤーが 1891年に制作した美しい肖像画、「玉座のおとめ」("Virgin Enthroned")。天使のような子供たちに挟まれて、処女(おとめ)マリアが玉座に座っています。

 アボット・ハンダスン・セイヤーは自身の三人の子供をモデルにして、多数の作品を制作しています。「玉座のおとめ」でモデルを務めた三人もセイヤーの実子で、聖母マリアが長姉メアリ(Mary Bloede Thayer, 1878 - ?)、玉座の両側に跪く男の子がジェラルド(Gerald Handerson Thayer, 1883 - 1935)、女の子がグラディス(Gladys Thayer, 1886 - 1945)です。


(下) Abbott Handerson Thayer, "Virgin Enthroned", 1891, Oil on canvas, 184.3 x 133.2 cm, Smithonian American Art Museum, Washington, DC




 セイヤーの「玉座のおとめ」は 1890年代のアメリカ絵画を代表する傑作とされ、1893年のシカゴ万博会場にも展示されました。美術批評家ウィリアム・ウォルトン(William Walton)はこの作品を極めて高く評価し、シカゴ万博を記念して 1895年に出版された美術書「美術と建築」("Art and Architecture", G. Barrie, 1893)において次のように述べています。日本語訳は筆者(広川)によります。

     Mr. Thayer's Virgin sits serene and sweet, looking at the spectator with pure eyes that see him not, and on either side of her kneel little maids in attitudes of adoration, but who are evidently posing to be painted and nothing more. Nevertheless, so quiet, so spiritual, is this work of art that the spectator feels an impulse to uncover before it, - which is much more than can be said of most paintings of the Virgin.    セイヤー氏が描く聖母はしとやかで優しく、美しい。鑑賞者に顔を向けながらも、混じりけの無いその視線は鑑賞者の姿を捉えていない。聖母の両側には幼い子供たちが跪き、聖母を崇める姿勢を取っている。この子供たちが単に絵のモデルとしてポーズを取っていることは明らかであるが、そうであってもこの作品は静謐さと霊性に満ちており、鑑賞者が絵の前に立てば、帽子を脱ぐべきだという衝動を感じずにはいられない。聖母を描く作品の数は多いが、このように評することができる作品は僅かである。
     The color is rich, but sombre rather than brilliant, evidently painted with great care and thoughtfulness, with many experiments and erasures and paintings over, the serene result attained arrived at through much tribulation. But the tribulation was the painter's, and not the spectator's. Mr. Thayer's quality as one of the most spiritual-minded of modern artists had been demonstrated before this, notably by his beautiful white winged figure sent to the Paris Exposition of 1889.    色彩は濃いが華美ではなく、細心の注意と思慮のもとに試し塗りと塗りつぶし、描き直しを幾度も繰り返して描かれていることが分かる。この作品に表れた静謐な雰囲気は、非常な試練ののちに手に入った果実なのだ。しかし試練を潜り抜けるのは画家の仕事であって、鑑賞者の仕事ではない。セイヤー氏は高い精神性を備えた現代の芸術家の一人である。セイヤー氏の芸術のこのような特性は、「玉座の聖母」よりも以前から、特に 1889年のパリ万博に送られた白い翼の人物像によって、既に示されていた。






 本品はグピルによる古典的フォトグラヴュール(仏 photogravure)で、1895年にニューヨークの D. アップルトン社(D. Appleton, New York)から出版された二巻の豪華大型本「世界の美術」("ART OF THE WORLD")から採られています。本品は百二十年以上前に刷られた真正のアンティーク版画です。現代の複製ではありません。

 現代では細かい網点による印刷を「フォトグラビア」(グラビア印刷)と呼んでいます。これはフォトグラヴュールと同じ言葉です。しかしながら現代のグラビア印刷が網点で濃淡を表すのに対し、十九世紀のフォトグラヴュールにはそもそも網点がありません。そのため現代の印刷物に比べると格段に肌理(きめ)が細かく、美術版画に適しています。

 現代の「グラビア印刷」は輪転機によるオフセット印刷ですが、古典的フォトグラヴュールは平坦な金属版による版画です。額の裏板を外して本品の実物を見ていただくと、平たい金属版が紙に付けたくぼみが確認できます。

 古典的フォトグラヴュールは単色であるゆえに、色相が異なっていても明度が同じ色どうしが隣り合うと、色と色の境界を判別することができません。それゆえフォトグラヴュールの製版は機械的に行うことができず、版画家が手作業で行う修正が必要となります。「玉座の聖母」のマリアを拡大すると、髪と衣の暗部にメゾチント用ロッカーが適用され、丁寧な修正が行われていることがわかります。





 聖母のモデルはセイヤーの長女メアリです。「玉座の聖母」が描かれたのは 1891年ですが、メアリは 1878年生まれですから、モデルを務めた当時は十三歳ぐらいでした。一方受胎を告知されたとき、聖母マリアは十三、四歳ぐらいでしたから、モデルを務めたメアリは聖母マリアと同年代であったことになります。


 十六世紀後半から十七世紀前半にかけて活躍したマニエリスムの画家フランシスコ・パチェコ(Francisco Pacheco del Río, 1564 - 1644)は、ベラスケス(Diego Velázquez, 1599 - 1660)とアロンソ・カノ(Alonzo Cano, 1601 - 1667)の師にあたります。 パチェコの娘フアナ(Juana Pacheco, 1602 - 1660)はベラスケスと結婚しています。

 美術の教育者でもあったフランシスコ・パチェコは、数冊の著書を著しました。そのうちの一冊、1649年にセビジャで出版された「絵画の技術 ― 古来の方法とその卓越性」("Arte de la pintura, su antigüedad y su grandeza", Sevilla: Simón Fajardo, 1649)では、無原罪の御宿リとして描かれる女性単身像の容姿や年齢について、次のように書かれています。日本語訳は筆者(広川)によります。文意を通じやすくするために補った語は、ブラケット [ ] で囲みました。

      Sin poner a pleito la pintura del Niño en los brazos, para quien tuviere devoción de pintarla así, nos conformaremos con la pintura que no tiene Niño, porque ésta es la más común...     両腕に幼子を抱く聖母を我々が描くのは、抱かれる幼子への信心ゆえである。[それゆえ聖母とともに]幼子を描くことに、我々は反対するわけではない。聖母は幼子を抱いて描かれる場合が最も多い。
      Esta pintura, como saben los doctos, es tomada de la misteriosa mujer que vio San Juan en el cielo, con todas aquellas señales; y, así, la pintura que sigo es la más conforme a esta sagrada revelación del Evangelista, y aprobada de la Iglesia Católica, la autoridad de los santos y sagrados intérpretes y, allí, no solo se halla sin el Niño en los brazos, más aún sin haberle parido, y nosotros, acaba de concebir, le damos hijo...     [しかしながら]学識ある人々が知っているように、[単身の聖母を描いた]この絵は、福音記者聖ヨハネが天国で見(まみ)え、彼(か)のあらゆる印を有する神秘的な女性を描いたものである。それゆえ私が範とする絵は、福音記者に示されたこの聖なる啓示に最も合致しており、カトリック教会、諸聖人の権威、及び聖なる学者たちに是認されているのであって、両腕に幼子を抱いていないのみならず、未だ幼子を産んでいない。この女性は懐妊したばかりであり、我々は彼女に一人の息子を与えるのである。
      Hase de pintar, pues, en este aseadísimo misterio, esta Señora en la flor de su edad, de doce a trece años, hermosísima niña, lindos y graves ojos, nariz y boca perfectísima y rosadas mejillas, los bellísimos cabellos tendidos, de color de oro; en fin, cuanto fuere posible al humano pincel.     それゆえに、いとも清らかなるこの神秘のうちにあって、最も美しい年齢である十三歳の聖母を描くことが必要なのである。十三歳の聖母は誰よりも美しい少女であり、その眼は澄んでいて軽はずみなところが無く、鼻と口は完璧な形である。頬は薔薇色で、最高に美しい髪は長く、金色であり、つまりは人間の筆で描ける限り[の美しさでなければならない]。
         
     「絵画の技術 ― 古来の方法とその卓越性」 セビジャ、シモン・ファハルド書店 1649年    "Arte de la pintura, su antigüedad y su grandeza", Sevilla: Simón Fajardo, 1649



 それゆえ十三歳のメアリを聖母のモデルに描かれたこの作品は、キリスト教図像の伝統を踏襲し、無原罪の御宿リに託して少女の汚れなき魂を可視化していることがわかります。





 聖母の右(向かって左)に傅(かしず)く少年は、頭の左側(向かって右側)に垂れた髪の暗部、及び衣の暗部を中心に、メゾチント用ロッカーを適用して明度を下げています。頭の右側(向かって左側)の髪は、暗部にごく軽くロッカーの適用が認められます。





 聖母の左(向かって右)に跪く少女は、髪と衣の暗部にメゾチント用ロッカーを適用しています。

 本品の原画を描いた画家アボット・ハンダスン・セイヤー(Abbott Handerson Thayer, 1849 - 1921)は、パリ高等美術学校(L'École nationale supérieure des beaux-arts de Paris, ENSBA)でジャン=レオン・ジェローム(Jean-Léon Gérôme, 1824 - 1904)とアンリ・レーマン(Henri Lehmann, 1814 - 1882)に師事しました。「玉座の聖母」を見ても分かるように、セイヤーの描く女性と子供は無垢の光に輝き、あたかも天上の存在のように見えます。

 アボット・ハンダスン・セイヤーの名前は版画の上部に彫られています。画面の右下には作品名「玉座のおとめ」("Virgin Enthroned")が流麗な筆記体で刻まれ、最下部の中央には美術出版社 D. アップルトン(D. Appleton)の社名が記されています。版画画面に接するように、左下には「玉座のおとめ」を所有するコレクターの名前(J. M.. Sears)、右下にはフォトグラヴュールの製版元グピル社(Goupil et Cie)の社名が書かれています。





 本品は百年以上前のアンティーク美術品ですが、良質の中性紙に刷られているために、劣化は一切ありません。十九世紀の版画は十八世紀以前のものに比べて技法が著しく進歩しており、また二十世紀のオフセット印刷物とは比べ物にならない精緻さです。版画の全歴史を通観して、十九世紀のヨーロッパはただ一回だけ訪れた黄金時代であり、この時代のフォトグラヴュールである本品は、たいへん幸運な美術品であるといえます。

 本品は無酸のマットと無酸の挿間紙を使用し、美術館水準の保存額装を施しました。額は木製で、外寸は 30.5 x 39.5センチメートルです。マットは無酸紙でできています。商品価格にはフォトグラヴュール、額、マット、別珍、工賃、税がすべて含まれます。額の色やデザインを変更したり、マットを替えたりすることも可能です。無酸マットに張る別珍(ヴェルヴェット)は青、緑、ベージュ等に変更できますし、別珍を張らずに白や各色の無酸カラー・マットを使うこともできます。


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94,000円

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