極稀少品 ウィリアム・トーマス・フライによる初期のスティール・エングレーヴィング レンブラント 「姦淫を犯した女」

Rembrandt, "Christus en de overspelige vrouw" (The Woman Taken in Adultery), by an earliest British steel engraver, W. T. Fry


画面サイズ 縦 150 mm 横 120 mm

全体のサイズ 縦 273 mm 横 205 mm


原画の作者 レンブラント・ハルメンソーン・ファン・レイン (Rembrandt Harmensoon van Rijn, 1606 - 1669)

版の作者 ウィリアム・トーマス・フライ (William Thomas .Fry, 1789 - 1843)


イギリス  1830年代



 エングレーヴィングにスティール・プレートを使用した最初の作家のひとり、ウィリアム・トーマス・フライ (William Thomas Fry, 1789 - 1843) の作品。原画はレンブラント(Rembrandt Harmensoon van Rijn, 1606 - 1669)の「姦淫を犯した女」(ロンドン、ナショナル・ギャラリー蔵)です。


【レンブラントの原画について】



(上) Rembrandt, "Christ and the Woman Taken in Adultery", 1644, oil on canvas, 83,8 x 65.4 cm, The National Gallery, London


 「姦淫を犯した女」は1644年に描かれた絵ですが、色彩や光の表現方法、人物の小ささなどにはレンブラントの1630年代の作品に近い特徴があります。西暦70年にローマ軍に破壊されることとなるエルサレム神殿の巨大な内部空間を舞台に、いかにもレンブラントらしいキアロスクーロ(chiaroscuro 明暗法)の光を当てて人物を美しく浮かび上がらせています。

 イエズスは内面の卓越性を象徴するように背が高く描かれ、前景の集団はイエズスを中心に安定したピラミッド型の構図をなしています。


 イエズスがエルサレム神殿で教えを説いていると、当時の宗教的指導者であるパリサイびとと律法学者たちが姦淫を犯した女を連れて来てイエズスに尋ねました。「先生。この女は姦通の現場で捕まりました。モーセは律法でこのような女を石で打ち殺すように命じています。あなたはどうお考えになりますか。」

 イエズスが「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が初めに石を投げなさい。」と答えると、年長者から始まってひとりまたひとりとその場を立ち去り、イエズスと女だけが残りました。イエズスは「私もあなたを罪に定めない。行きなさい。これからはもう罪を犯してはならない。」と言って女を赦しました。(ヨハネによる福音書8:2-11)


 レンブラントの作品において、責められている女は真っ白な衣を身に着け、神の愛そのもののような美しい光に照らされています。彼女を責める黒い衣の男が宗教的な保守派であるパリサイびと、その右となりが律法学者です。事件の証人らしきローマ兵の姿も見えます。

 またイエズスの左にいる大柄の人は使徒ペトロです。ペトロはイエズスから教会を任された人であり、司牧、すなわち聖職者が信者を教え導く働きの象徴である羊飼いの杖を持って描かれています。


 この絵はレンブラントの友人でもありパトロンでもあった アムステルダム市長ヤン・シクス (Jan Six, 1618 - 1700) が所蔵していましたが、ナポレオン戦争でオランダを侵略したフランス軍に奪われるのを避けてイギリスに渡り、裕福な美術収集家、ジョン・ジュリアス・アンガスタイン (John Julius Angerstein, 1735 - 1823) に買い取られました。アンガスタインのコレクションをイギリス政府が1824年に買い取ってできたのが、ロンドンのナショナル・ギャラリーです。


【イギリスにおけるスティール・エングレーヴィングの黎明と、ウィリアム・トーマス・フライ】

 アメリカの発明家ジェイコブ・パーキンズ (Jacob Perkins, 1766 - 1849) は、1792年、紙幣のエングレーヴィングに使うために、高品位のスティール・ブロック(プレートよりも分厚いもの)を製作しました。しかしながらエングレーヴィングを施した後のスティール・ブロック表面を硬化させるために「焼き」を入れる過程で、版にゆがみが生じる場合がありました。

 パーキンズのプレートはロンドンに輸出され、当地のエングレーヴァー、チャールズ・ウォレン (Charles Warren, c. 1766 - 1823) は、1818年5月に初めて真正のスティール・エングレーヴィング作品を完成します。ウォレンはその後4年近くに亙って研究を重ね、1821年、焼きによって歪みを生じない理想的な硬さの、薄いスティール・プレート、すなわちパーキンズのスティール・ブロックよりも薄い鋼板の開発に成功しました。


 本作品「姦淫を犯した女」を製作したウィリアム・トーマス・フライは、まず1820年の初めにパーキンズのスティール・ブロックを、その後にウォレンのスティール・プレートを使った作品を発表しました。フライは、ウィリアム・ホル (William Holl, the elder, c. 1771 - 1838)、チャールズ・マア (Charles W. Marr, fl. 1821 - 1836) と並んで、ウォレンのスティール・プレートを最初に使用したエングレーヴァーのひとりであり、すなわちイギリスのスティール・エングレーヴィング史上、最も初期の作家のひとりということができます。

 フライがウォレンのスティール・プレートで製作した最初のスティール・エングレーヴィング作品と思われるのは、「メソジスト雑誌」("The Methodist Magazine") 1822年2月号に掲載されたウィリアム・ネイラー (Revd. William Naylor, 1782 - 1868) 牧師の肖像で、フライが得意とするスティプル(点描)の技法が多用されています。

 本作品「姦淫を犯した女」は1840年出版の「ザ・ナショナル・ギャラリー」("The National Gallery", 1840, Jones & Co, London) に収録された作品です。フライはこの画集のために、本作を含む11点を製作しています。


【ウィリアム・トーマス・フライによるエングレーヴィング、「姦淫を犯した女」について】

 銀行家アンガスタインが1823年に亡くなり、ラファエロやレンブラントを含む38点のコレクションが市場に出ると、イギリス政府はこれを一括して買い取り、アンガスタインの旧邸にナショナル・ギャラリーを設立しました。しかし当初のナショナル・ギャラリーは手狭でしたので、1832年から1838年にかけて現在の建物が建設されました。新しい美術館の完成を記念して、1840年、ロンドンのジョーンズ社がナショナル・ギャラリーの館蔵名画集「ザ・ナショナル・ギャラリー」を出版しました。

 本品「姦淫を犯した女」は、ウィリアム・トーマス・フライが1830年代に製作し、「ザ・ナショナル・ギャラリー」に収録された11枚の作品のひとつで、非常に細密な彫り、フライが得意とする「スティプル」(点描)による柔らかい表現が特徴的です。



 作品は薄紙に刷られ、台紙に貼り付けられています。画面の下には次の文字が刷り込まれています。

Engraved by W. T. Fry.

THE WOMAN TAKEN IN ADULTERY.

From the Original Picture by Rembrandt, in

The National Gallery.

No. 57.

Jones & Co. Temple of the Muses, Finsbury Square, London.


 「W. T. フライによるエングレーヴィング『姦淫で捕らえられた女』 ナショナル・ギャラリー収蔵のレンブラントの原作より 図版57 ミューズ(三美神)の神殿、ジョーンズ社 ロンドン、フィンズベリー・スクウェア」という意味です。


 レンブラントのキアロスクーロを忠実に再現したこの作品において、画面上方の暗部は緻密に直交するエングレーヴィングの直線で表現されています。画面中央よりも少し右側には名工ヒラムが作った青銅の柱、ボアズとヤキン(列王記上 7: 15 - 22)が立っており、後ろに大祭司が座っています。この部分の拡大写真を下に示しました。暗部を埋め尽くすビュラン(彫刻刀)の直線が判別できます。




 さらに拡大すると、ビュランの線に加え、フライが得意としたスティプルが識別できます。定規の一目盛りは1ミリメートルです。線の密度は1ミリメートルあたり5本前後で、明るくなる部分はスティプルの連続に変化しています。更に明るい面も、1平方ミリメートルあたり40~50個のスティプルにおおわれていることが分かります。






 画面の下部では、姦淫を犯した女を中央に、イエズスと使徒たち、パリサイびとと律法学者が取り巻いています。ローマ兵や野次馬たちの姿も見えます。




 イエズスの左(向かって右)にいるパリサイびと、及びその隣の律法学者は、あたかも「獲物」を誇示するように得意になって、姦淫の女をイエズスに示しています。しかしパリサイびとも律法学者もその他の人々も、女が柔らかで温かい光に包まれていることに気付いていません。女の周囲が明るいのは、その衣が白いからだけではなく、神とイエズスの愛が女を包んでいるからなのです。

 この部分をさらに拡大します。エングレーヴァーであるフライが、イエズスと使徒たちのみならず、姦淫の女、パリサイびと、律法学者、ローマ兵と、それを取り巻く人々を群衆としてひと塊りに扱わず、ひとりひとりの顔形はもちろん、その瞬間の表情までも個性豊かに描き分けていることが分かります。




 さらに拡大します。定規の一目盛は1ミリメートルです。

 エッチングに比べて格段に精密な技法であるスティール・エングレーヴィングは、写真と見まがうばかりの描画を可能にする一方で、硬質でいくぶん冷たさを感じさせる画面になることが多くあります。それがスティール・エングレーヴィングの持ち味でもあるわけですが、この作品は罪びとを無条件に愛し給う神の愛をテーマとしていますから、画面に温かみが欲しいところです。

 フライはここでビュランによる溝を必要に応じて加えつつ、1平方ミリメートルあたり数十個のスティプルで人々の表情を柔らかく表現することにより、神から発して人々を包む温かい光、すなわち神の愛までもを視覚化することに成功しています。この部分の描き方は、スティプルの名手フライの、まさに真骨頂ともいえましょう。






 本品はイギリスでも最も早くスティール・エングレーヴィングを取り入れ、この技法に熟達したウィリアム・トーマス・フライによるたいへん優れた作例です。19世紀前半に花開いたスティール・エングレーヴィング版画の中でも、間違いなく最高の作品のひとつです。


 版画を初めて購入される方のために、版画が有する価値を解説いたしました。このリンクをクリックしてお読みください。





48,000円

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