稀少品 ジャン=バティスト・グルーズ作 「無垢」 Simplicity ジュベール・ド・ラ・フェルテによる至高のアンティーク・エングレーヴィング 1860年

Simplicity


原画の作者 ジャン=バティスト・グルーズ(Jean-Baptiste Greuze, 1725 - 1805)

版の作者 ジャン・フェルディナン・ジュベール・ド・ラ・フェルテ(Jean Ferdinand Joubert de la Ferté, 1810 - 1883)


楕円形画面のサイズ  横 180ミリメートル  縦 215ミリメートル



 絵画は主題によって「宗教画」「歴史画」「肖像画」「寓意画」「風景画」「静物画」等、様々なジャンル(仏 genre 類、部門)に分類できます。「宗教画」「歴史画」「寓意画」は劇的、非日常的な状況のもとで人物を描きます。しかるに人物を劇的状況の中に置かず、日常的な光景を描く絵画も存在します。上記の分類に含まれないこのような絵画を、「その他のジャンルの絵」という意味で、「ジャンル・ピクチャーズ」(英 genre pictures)と呼びます。「風俗画」は「ジャンル・ピクチャーズ」の訳語です。

 本品の原画を描いたジャン=バティスト・グルーズ(Jean-Baptiste Greuze, 1725 - 1805)は、十八世紀のみならず、近世及び近代美術の全史を通して最も優れた風俗画家です。グルーズが主に活躍したのは、アンシアン・レジーム期のフランスです。アンシアン・レジーム期のフランス美術といえば、頽廃的、享楽的な雰囲気のロココ様式がすぐに思い浮かびます。しかしながらグルーズはこの時代の画家でありながら裸の神々の世界を描かず、純粋な子供たち、善良で美しい女性たちの姿を、地に足を着けた風俗画のうちに描き出しました。グルーズの清潔な画風は新興勢力であるブルジョワジーのみならず、内心ではロココ美術に飽き飽きしていた貴族たちにも熱狂的に迎えられ、さらに版画を通じて民衆にも愛されました。





 パリに生まれてイギリスに帰化した版画家ジャン・フェルディナン・ジュベール・ド・ラ・フェルテ(Jean Ferdinand Joubert de la Ferté, 1810 - 1883)は、グルーズの原画に基づいて、「無垢」("Simplicity")と題するスティール・エングレーヴィングを制作し、1860年の「ジ・アート・ジャーナル」("The Art Journal"誌上で発表しました。本品はその実物です。良質の中性紙に刷られているため、近年のリプロダクションと見まがうほどきれいな保存状態ですが、百六十年以上前のアンティーク版画です。

 スティールのインタリオ(伊 intaglio 凹版)には、エングレーヴィングとエッチングがあります。金属を酸で腐食させるエッチングとは違い、エングレーヴィングはスティール(鋼)の板を人力のみで刻みます。人力で刻む溝は縁が鋭く切り立って、極めて精密な表現が可能である反面、制作に大きな労力と時間がかかります。実際ジャン・フェルディナン・ジュベール・ド・ラ・フェルテは、本品「無垢」の版を彫るのに、まるまる一年を要しています。このように手間がかかるエングレーヴィングが版画の全面に適用されることはまれで、大抵のアンティーク・インタリオでは、エングレーヴィングとエッチングが併用されます。しかるにジャン・フェルディナン・ジュベール・ド・ラ・フェルテは、本品「無垢」をエングレーヴィングのみで彫り上げています。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。アンティーク・エングレーヴィングで肌の起伏を表現する場合、小さな面積であればスティプル(英 stipples 点描法の点)を使いますが、本品は画面が大きいのでスティプルの使用は限定され、大部分が実線または点線の溝によります。線の走る方向は表情筋をなぞっています。

 版画家はビュラン(仏 burin 彫刻刀)に加える力を完璧にコントロールし、溝の太さと深さを適切に変化させることで、画面各部の明度を調整します。本品をよく観察すると、或る箇所と別の箇所で求められる明度が同一であっても、それぞれの部分における肌の柔らかさや張り具合の違いに応じて、別の方法で明度が調整されていることがわかります。すなわち最明部に囲まれた箇所の明度をわずかに落とす場合、眼元のように肌が柔らかな部分では、細くて浅い実線のクロスハッチ、及びクロスハッチ内部の点を使用して明度を落としています。これに対して皮膚が張り艶のある鼻筋では、並行する点線を刻むことにより、眼元と同一の明度を実現しています。

 少女の肌の滑らかな透明感や、吸い込まれるような瞳、ウェーブのかかった柔らかな髪、手触りが感じられる布の質感を、版画家ジャン・フェルディナン・ジュベール・ド・ラ・フェルテは、彫刻刀だけを使ってすべて表現しきっています。





 軽く開いた少女の唇は、実線の溝によって濡れたような艶やかさを描き出しています。光が反射する部分においても溝は途切れず、ごく浅い点状のくぼみに最小量のインクが入ることで、人肌の温かみを失わない自然な仕上がりとなっていることがわかります。





 少女の柔らかな胸は、溝の延長線上にある程度の秩序を以て並べたスティプルで、最も明るい部分を表現しています。こぼれそうな二匹の小鹿をかろうじて隠す白い布は、縁の部分が完全に彫り残され、輝くような白さによって、少女の汚れ無い純真を表しています。





 ジュベール・ド・ラ・フェルテは 1855年から 1881年の間にロンドンの王立アカデミーで作品を発表する一方、パリでも作品を展示し、本品発表の前後に当たる 1859年と 1863年にはパリでメダイユを獲得しています。このことからも、ジュベール・ド・ラ・フェルテが生涯で最も充実して仕事に取り組んでいる時期に、本品「無垢」を制作していることがわかります。


 アンティーク・インタリオの製版は、小さな作品であれば一枚の版を一年以内で仕上げることも可能です。しかしながら本品のように大きいサイズの作品は数年がかりで制作されるのが普通でした。四年、五年、八年といった長期間をかけ、版画家自身の命を削るかのように精神力と体力を費やして、ようやく一枚の版が出来上がるのです。たとえばジュベール・ド・ラ・フェルテは、代表作とされる「アトランタズ・レイス」(Atlanta's Race 「アタランテーの競走」 1881年)の製版に、四年の歳月を費やしています。

 本品「無垢」(Simplicity)がどれほどの時間をかけて彫られたのか、筆者(広川)は確かなことを知りません。しかしながらジュベール・ド・ラ・フェルテが三十五歳の頃に彫った本品「無垢」の出来栄えは、二十一年後の「アトランタズ・レイス」に決して劣りません。筆者の意見では、人物像が大きく描かれていて肌や衣の難易度が高い「無垢」の方を、むしろ高く評価したいと考えます。本品「無垢」はジュベール・ド・ラ・フェルテの最高傑作であるばかりか、十九世紀インタリオの最高峰の一つです。


《額装について》

 版画は未額装のシートとしてお買い上げいただくことも可能ですが、当店では無酸のマットと無酸の挿間紙を使用し、美術館水準の保存額装を提供しています。下の写真は額装例で、外寸 40 x 31センチメートルの木製額に、青色ヴェルヴェットを張った無酸マットを使用しています。この額装代金は、24,800円です。



 額の色やデザインを変更したり、マットを替えたりすることも可能です。無酸マットに張るヴェルヴェットは赤や緑、ベージュ等に変更できますし、ヴェルヴェットを張らずに白や各色の無酸カラー・マットを使うこともできます。


 アンティーク・エングレーヴィングの細密さは、原寸大の写真によって再現することができません。コンピューターのモニターで表示するために、版画の全体像を把握しやすいサイズまで画素数を落とすと、細部はすべて失われます。細部がどのように彫られているかを示すためには、版画の数か所を選んで接写し、顕微鏡写真のような拡大写真で示すしかありませんが、拡大写真は現物のサイズとかけ離れています。これに加えて、現物のアンティーク・エングレーヴィングは、拡大写真でも判別が困難な細密さを有しており、それらの細部は版画作品の全体を肉眼で見たときの驚くべき写実性に貢献しています。

 私がここに書いていることを理解するには、現物をご覧いただくしかありません。アンティーク・エングレーヴィングの現物は写真で見るよりもはるかに美しく、購入された方には必ずご満足いただけます。


 版画を初めて購入される方のために、版画が有する価値を解説いたしました。このリンクをクリックしてお読みください。





エングレーヴィングの価格 88,000円 (額装別)

電話 (078-855-2502) またはメールにてご注文くださいませ。




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