昔のヨーロッパの家庭の一角、コアン・ド・デュに、十字架や聖像とともに置かれていた信心具、オラトワール(仏 oratoire)。およそ二百年前、第一帝政期から王政復古期にかけてのフランスで制作された品物で、手描きエマイユによる聖母子像を、バロックのシルエットを有するブロンズの枠に嵌め込んでいます。枠は新古典様式の意匠と色彩によるエマイユ・シャンルヴェで飾られています。本品は背面の脚を展開することにより、安定して自立します。
枠の中央には縦長の楕円形に窓が開いており、緩やかな凸面カーヴの楕円形金属板が嵌め込まれています。金属板に描かれたミニアチュール(細密画)は全くの手描きによる作品で、サイズは縦
44ミリメートル、横 33ミリメートルです。
ミニアチュールはエマイユ・パン(仏 l'émail peint 手描きエマイユ)によるもので、ラファエロの「マドンナ・デッラ・セディア」(伊
la Madonna della Sedia 椅子の聖母)を写しています。「椅子の聖母」はラファエロの数々の作品の中でも特に美しいもののひとつです。ドミニク・アングル (Jean Auguste
Dominique Ingres, 1780 - 1867) は本品が制作されたのと同時代の画家ですが、「ラファエロとラ・フォルナリーナ」("Raphael et la Fornarina")を含む四点の作品に「マドンナ・デッラ・セディア」を描き込んでいます。
(下) Dominque ingres, Raphael et la Fornarina, 1814, oil on canvas, 66 x 55 cm, Fogg Art Museum at Harvard University
また主にイギリスで活躍したドイツ出身の新古典主義の画家、ヨハン・ツォファニー(Johann Zoffany, Johannes Josephus
Zauffely, 1773 - 1810)が描いたウフィツィ美術館の展示室の絵には、ラファエロの「ひわの聖母」("Madonna del Cardellino", 1505/06)、「砂漠の洗礼者ヨハネ」("St John the Baptist in the Wilderness", 1518)、「教皇レオ10世とふたりの枢機卿」("Ritratto di Leone X con i cardinali Giulio de' Medici e Luigi de' Rossi", 1518/19)と並んで、「マドンナ・デッラ・セディア」が描き込まれています。
(下) Johann Zoffany, "The Tribuna of the Uffizi", 1772/78, oil, 123.5 x 155.0 cm, Royal Collection, Windsor Castle
バロック様式の枠はブロンズ製で、厚さ約一ミリメートルの金属板を打ち抜き、全周を丁寧にやすり掛けしています。写真では分かりづらいですが、枠の表側には各種のタガネによる彫金が全面に亙って施されており、手の込んだ丁寧な細工に驚かされます。
ブロンズ板の表面にはおよそ一ミリメートルの幅の溝を彫り、六色の不透明ガラスでエマイユ・シャンルヴェ(仏 l'émail champlevé)を施しています。ところどころにエマイユの剥落がありますが、およそ二百年前という制作年代を考えれば、十分に良好な保存状態といえます。
伝統と革新の間を振子のように揺れ動いた近代フランス史のなかで、第一帝政期から王政復古期頃にかけての保守的な雰囲気と、新古典主義の興隆を、本品はよく反映しています。縦十センチメートル余、横八センチメートル余のサイズは飾る場所を選ばず、エマイユ画は褪色の心配もありません。美術工芸品としての美しさに加え、フランス精神史の実物資料としての価値を兼ね備えるオラトワールです。
本体価格 29,500円 販売終了 SOLD
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