百年近く前のフランスで活躍した彫刻家アンドレ・アンリ・ラヴリリエ (André Henri Lavrillier, 1885 - 1958)
による大型のメダイ。現行の五百円硬貨と同じ七グラムの重量、最大四ミリメートル近い厚みがあります。立体的かつ精緻な浮き彫りはいずれの面も非常に優れた出来栄えで、信心具を超えた芸術性を獲得しています。
メダイの一方の面には、イエス・キリストの上半身を大きく浮き彫りにしています。イエスは左手で衣の前を開き、右手で愛に燃える聖心を指し示しています。両手にある生々しい傷は、受難の際の釘によるものです。茨に巻きつかれて血を流すイエスの聖心は、あまりにも激しい愛ゆえに、炎を噴き上げて燃えています。聖心から発出するまばゆい光は、神の愛と智恵、すなわち神そのものの象徴です。ゴシック風の後光はカドリロブ(quadrilobe 四つ葉型)と方形を組み合わせ、点対称の四要素による意匠が十字架を思い起こさせます。
メダイ上部の環に、製造国を表す「フランス」(FRANCE) の文字が見えます。メダイの右下にメダイユ彫刻家アンドレ・アンリ・ラヴリリエのサイン
(LAVRILLIER) があります。下の参考画像はいずれもアンドレ・アンリ・ラヴリリエによるメダイユです。
ジャンヌ・ダルク 列聖記念メダイ 直径 11.0 mm 1920年 当店の商品。
メサジュリ・マリチーム社 (MM)
百周年記念メダイユ 1951年
ティプ・ラヴリリエ 1947年
上の写真は 1933年から1952年まで発行されたフランス共和国の五フラン貨「ティプ・ラヴリリエ」(type Lavrillier) です。アンドレ・アンリ・ラヴリリエはこの貨幣をデザインした彫刻家としても知られています。
本品はメダイとしては大型ですが、直径は 25ミリメートル強で、五百円硬貨ほどの大きさです。イエスの頭部のサイズは髯(ひげ)の先まで合わせても七、八ミリメートル、聖心のサイズは十字架の先端まで入れても四ミリメートルほどに過ぎません。このように小さなサイズにもかかわらず、浮き彫り彫刻の出来栄えは生身のイエスを見るかのような臨場感と迫力があります。手首から指先までのサイズは五ミリメートルほどですが、骨格や指の関節のみならず、爪まで正確に再現されています。
もう一方の面には幼子イエスを左腕に抱き、イエスの聖心を右手で示すノートル=ダム・デュ・サクレ=クール(Notre-Dame de Sacre-Cœur 聖心の聖母)が浮き彫りにされています。聖母子はともに戴冠しています。幼子イエスは愛に燃える聖心を左手で指し示しつつ、右手を挙げて罪びとに祝福を与えています。「望みなき者の守護聖人」であるノートル=ダム・デュ・サクレ=クールは、メダイを観る者に微笑みかけているようにも見えます。
(上・参考写真) 多色刷り石版による聖心の聖母のカニヴェ 「マリアは望み無き者の希望である」 (ブアス=ルベル 図版番号 M 185) 117
x 77 mm 1869 - 1879年 当店の商品です。
浮き彫りの意匠は上の写真に示すカニヴェの聖母子とほぼ同じです。カニヴェは 1870年代頃の作品で、ラヴリリエはこの図像を基にして、立体的な浮き彫りメダイを作ったことがわかります。
上の写真に写っている定規のひと目盛りは1ミリメートルです。この面の浮き彫りはイエスの単身像よりも更に小さなサイズです。聖母子の顔も手も、二、三ミリメートルしかありません。聖心の高さは二ミリメートルほどです。しかしながら聖母子はいずれも整った顔立ちで、微笑みつつ天を見上げる表情には「信仰と希望と愛」が形となって表れています。ラヴリリエは指先の爪まで表現する写実と具象性によって、目に見えないものを見事に表現しています。
本品は百年近く前にフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、きわめて良好な保存状態です。数あるメダイのなかでも特に立体的な作例ですが、突出部分に磨滅は無く、制作された当時のままの状態を保っています。
アンティーク・メダイユの価値を決定するうえで最も重要なのは、保存状態ではなく、美術品、工芸品としての出来栄えです。しかしながらアンティーク・メダイユは小さいので、浮き彫りによる優れた芸術表現は磨滅によって簡単に失われてしまいます。本品は優れた芸術品が歳月の経過によって失われなかった幸運な例です。当店では芸術性において特に優れたメダイユ数点を、磨滅を防ぐためにジェムストーン用ケースに入れて保管しています。本品もそのうちのひとつです。