ローマ司教であり教皇でもあったピウス九世は、1854年12月8日、無原罪の御宿りがカトリック教会の正式な教義であることを、ローマ司教座から宣言しました。本品はこのことを記念するメダイユで、真鍮(黄銅)を鋳造して制作された重厚な作例です。9.2グラムの重量は百円硬貨およそ二枚分に相当し、手に取ると心地よい重みを感じます。
一方の面には下弦の月を踏んで立つ聖母マリアの姿が、肉厚の浮き彫りによって立体的に表現されています。月を足の下にし、星の冠を被り、太陽のように輝く衣をまとうマリアは、「ヨハネの黙示録」
十二章一節においてヨハネが幻視した女の姿に他なりません。本品浮き彫りのマリアは右腕を大きく外側に伸ばし、天を仰ぎつつ左腕を胸に当てて、祈りのうちに神と対話しています。伸ばした左脚に体重をかけて右脚を軽く曲げたコントラポストの姿勢、右腕の大きな動きと両腕の非対称性、風になびく衣と光背の非対称性は、大きなサイズと相俟って、あたかもこの光景が眼前に展開するかのようなダイナミックさを、本品浮き彫りに与えています。雲に乗って降下する聖母の周囲を取り巻いて、次の言葉がラテン語で記されています。
BEATA VIRGO SINE PECCATO ORIGINALI CONCEPTA. 原罪無くして宿り給える幸いなるおとめ
本品は類品に比べて格段に手間をかけ、丁寧に制作されています。すなわちメダイの制作方法には、浮き彫りが浅い反面、量産に適した「打刻」と、立体的な作品ができる反面、量産に適さない「鋳造」があります。信心具として作られた十九世紀のフランス製メダイはほとんどのものが打刻によりますが、本品は鋳造によって作られています。
鋳造によるメダイユ制作は、まず最初に蝋や漆喰に浮き彫りを施して、表(おもて)面用と裏面用にふたつの原型を制作します。次に原型を元にしてテラコッタやゲッソ(石膏とチョークの混合物)で鋳型を作ります。最後にふたつの鋳型を合わせて融けた金属を流し込み、ひとつひとつの金属製メダイユを鋳造します。鋳型から取り出したメダイユは、やすりがけや彫金等の工程を経て完成に到ります。鋳造はこのように手間がかかる方法ですが、打刻に比べて格段に重厚なメダイユを作ることが可能です。本品の重量は
9.2グラム、厚みは 2.8ミリメートルとたいへん大きなサイズです。
本品を十九世紀後半や二十世紀のメダイと比較すると、上部に突出した環の孔が、メダイの平面に対して九十度ねじれた方向に開けられています。突出部分をよく見ると、メダイユ本体から突出した棒状の部分に、鋳造後に改めてブロンズで肉付けし、その後に孔を開けていることがわかります。
上部に突出した環の孔がメダイの平面に対して九十度ねじれているのは、十九世紀半ばころまでに鋳造されたメダイの特徴です。この時期に多く作られた打刻によるメダイでは、吊り輪部分を長めに突出させ、孔を開けた後にねじります。これに対して本品はメダイの鋳造後に吊り輪部分にわざわざ肉付けをし、孔を開け、研磨して仕上げています。本品が特別な手間をかけて丁寧に作られたメダイユであることは、浮き彫り彫刻の見事さに加え、吊り輪部分のような細部を見てもよくわかります。
なお本品のような形式の吊り輪は孔が小さくチェーン末端の金具を通せないので、革紐を使うのがお勧めです。どうしてもチェーンを使いたい場合は、末端の金具を一旦外して吊り輪に通す必要があります。
メダイのもう一方の面には古典的な綴りのラテン語で次の言葉が刻まれています。
BENEDICTA SIT PVRISSIMA ET IMMACVLATA CONCEPTIO BEATA MARIA VIRGO いとも美しく穢れなき御宿り、幸いなる乙女マリアは祝せられ給え。
この面の最下部には「ローマ」(ROMA)と記されています。
上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりも一回り大きなサイズに感じられます。
無原罪の御宿りの教義宣言を記念するメダイは、1854年12月8日という一度限りの機会に、限られた種類と数のみが作られました。私はこれまでに何種類もの「無原罪の御宿り」記念メダイを見てきました。それらはいずれも稀少品で、それぞれに魅力がありますが、なかでも本品は最も重厚な作例のひとつです。打刻のメダイは言うに及ばず、通常の鋳造品と比べてもはるかに手間をかけて制作された本品は、十分に美術工芸品の水準に達しており、その出来栄えは群を抜いています。
商品写真では艶がわかりませんが、肉眼で見る本品には美しい金属光沢があります。磨滅した部分の艶も、百六十年の星霜を重ねて獲得した美となっています。お買い上げいただいた方には必ずご満足いただけます。