十九世紀半ばのイタリアまたはフランスで、ブロンズを鋳造して制作された大きなメダイ。1854年の無原罪の御宿り教義宣言を記念する重厚な作例で、五百円硬貨二枚分に近い 12.8グラムの重量があります。
一方の面には、地上界を象徴する球体の上に、蛇を踏み付けて立つ聖母マリアの姿が、肉厚の浮き彫りによって立体的に表現されています。エヴァを誘惑して原罪を犯させた蛇を踏み付けるマリアの姿は、マリアが罪の支配を受けない「無原罪の御宿り」であることを示します。マリアは交差させた両腕を胸に当てて祈りの姿勢を執っています。聖母の頭上に架かっているのは、「ヨハネの黙示録」
十二章一節にある十二の星の冠です。聖母の周囲を取り巻いて、次の言葉がラテン語で記されています。
MARIA MATER DEI SINE LABE CONCEPTA. 罪無くして宿り給えるマリア、神の御母
本品は1854年12月8日、当時の教皇ピウス九世が「無原罪の御宿り」をローマ・カトリック教会の正式な教義と定めた際に、これを記念して制作されたメダイと思われ、類品に比べて格段に手間をかけ、丁寧に制作されています。
メダイの制作方法には、浮き彫りが浅い反面、量産に適した「打刻」と、立体的な作品ができる反面、量産に適さない「鋳造」があります。信心具として作られた十九世紀のフランス製メダイは、ほとんどのものが打刻によりますが、本品は鋳造によって作られています。
鋳造によるメダイユ制作は、まず最初に蝋や漆喰に浮き彫りを施して、表(おもて)面用と裏面用に、ふたつの原型を制作します。次に原型を元にして、テラコッタやゲッソ(石膏とチョークの混合物)で鋳型を作ります。最後にふたつの鋳型を合わせて、融けた金属を流し込み、ひとつひとつの金属製メダイユを鋳造します。鋳型から取り出したメダイユは、やすりがけや彫金等の工程を経て完成に到ります。鋳造はこのように手間がかかる方法ですが、打刻に比べて格段に重厚なメダイユを作ることが可能です。本品の重量は
12.5グラム、厚みは 3.5ミリメートルに及びます。
また本品の場合、十九世紀後半や二十世紀のメダイと比較すると、上部に突出した環の孔が、メダイの平面に対して九十度ねじれた方向に開けられています。突出部分をよく見ると、メダイユ本体から突出した棒状の部分に、鋳造後に改めてブロンズで肉付けし、その後に孔を開けていることがわかります。
上部に突出した環の孔が、メダイの平面に対して九十度ねじれているのは、十九世紀半ばころまでに鋳造されたメダイの特徴です。この時期に多く作られた打刻によるメダイでは、吊り輪部分を長めに突出させ、孔を開けた後にねじります。これに対して本品は、メダイの鋳造後に吊り輪部分にわざわざ肉付けをし、孔を開け、研磨して仕上げています。本品が特別な手間をかけて丁寧に作られたメダイユであることは、浮き彫り彫刻の見事さに加え、吊り輪部分のような細部を見てもよくわかります。
メダイのもう一方の面には西側正面から見たサンピエトロのバシリカが、立体的な浮き彫りで再現されています。同時代の他のメダイに比べて、本品は非常に大きなサイズですので、バシリカの表現には迫力があります。バシリカの周囲と下部に、次の言葉がラテン語で刻まれています。
DOGMA FIDEI PIO IX REGNANTE DEFINITUM ピウス九世の在位時に決定された信仰のドグマ
8 DECEMBRI 1854 1854年10月8日
「ピウス九世の在位時に決定された信仰のドグマ」とは、言うまでもなく、ピウス九世がローマ司教座から宣言した「無原罪の御宿り」の教義を指します。
「無原罪の御宿り」の教義宣言を記念するメダイは、1854年12月8日という一度限りの機会に、限られた種類と数のみが作られました。私はこれまでに何種類もの「無原罪の御宿り」記念メダイを見てきました。それらはいずれも稀少品で、それぞれに魅力がありますが、なかでも本品の重厚さは目を惹きます。打刻のメダイは言うに及ばず、通常の鋳造品と比べてもはるかに手間をかけて制作された本品は、十分に美術工芸品の水準に達しており、その出来栄えは群を抜いています。
商品写真では艶がわかりませんが、肉眼で見る本品には美しい金属光沢があります。磨滅した部分の艶も、百六十年の星霜を重ねて獲得した美となっています。お買い上げいただいた方には必ずご満足いただけます。