神に遣わされた大天使ガブリエルから、「アヴェ・マリア」(こんにちは、マリア)と語りかけられる少女のメダイ。風になびく美しい髪に、純潔の象徴である白百合を飾った聖処女は、両腕を胸に当て、しっかりと目を挙げて、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」とガブリエルに答えています。
プロテスタントと違って、カトリックでは聖母マリアを大切にしますが、それは受胎告知の際、マリアが自由意志を以って受胎の告知を受け入れたからです。福音書が伝える言葉「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」(ルカ
1:38)が、マリアの意志を示しています。
プロテスタント思想においては、人間は善を為すことができません。人間にできるのは、罪を犯すことだけです。しかるにカトリックにおいては、人間は善を為す自由を有すると考えられています。神は救いを強制せず、マリアは自由意志を以って、全人類のために救いを受け入れたのです。
メダイの裏面には純潔を表すとともに聖母マリアの象徴でもある白百合が浮き彫りにされています。
白百合がマリアの象徴とされるのは、次の聖句によります。
Sicut lilium inter spinas, sic amica mea inter filias. (Nova Vulgata
2: 2) おとめたちの中にいるわたしの恋人は 茨の中に咲きいでたゆりの花。 (雅歌 2: 2 新共同訳)
旧約聖書の恋の歌、「雅歌」の主人公である美しい乙女は、無条件の信仰ゆえに神の眼に適(かな)う女性として選ばれた少女マリアの前表であるとされています。
メダイ上部の環には、800シルバー(純度 800/1000のシルバー)を示すフランスのホールマーク、イノシシの頭が刻印されています。シルバーはメダイの素材として最も高級なものです。また、マリアの右肩のあたりに彫刻家のサインが刻まれています。
図像学の伝統において、マグダラのマリア以外の聖女は常にヴェールを被った姿で表されますが、このメダイのマリアは髪を被っていません。「受胎告知」という伝統的なテーマをモティーフにしながらも、彫刻家の独創により、溌剌と健康的な少女の初々しい魅力を感じさせる作品となっています。
このメダイは1920年代頃のフランスで製作されたものですが、特筆すべき問題は無く、たいへん良いコンディションです。髪に挿した二輪の百合、後光に施された装飾的パターン等の細部もよく残っています。突出部分がわずかに磨滅することで、作品全体が優しい丸みを帯びた表情を得て、真正のアンティーク品ならではの趣となっています。