リジューのテレーズ(テレジア)のメダイヨン(médaillon フランス語で「ロケット」の意)。列福・列聖以前の「スール・テレーズ」(sœur Thérèse 修道女テレーズ)の肖像画二葉を分厚いガラスレンズに挟み、ブロンズのバンドで束ねて針金で固定しています。
カルメル会の修道女姿のテレーズは、薔薇が咲きこぼれるクルシフィクス(磔刑像)を、まるで幼子イエスを抱くように愛しげに抱き、こちらを向いて微笑んでいます。テレーズは教皇ピウス11世によって1923年に列福、1925年に列聖されます。1925年以降の画像では、頭部に聖人の後光が加わりますが、このメダイヨンは制作年代が古いため、後光はまだ描かれていません。
類品との比較に基づいて判断すると、本品の制作年代は 1910年頃、具体的には1905年から、遅くとも1910年代前半までの間と考えられます。1910年といえば、第一次世界大戦の前夜にあたります。普仏戦争に敗れてアルザスとロレーヌをプロイセンに割譲したフランスは、ドイツとは仇敵同士の関係にありました。1890年にビスマルクが失脚すると、フランスは1894年にロシアと軍事同盟を結び、三国同盟諸国(ドイツ、オーストリア、イタリア)からの攻撃に備えました。いっぽうドイツは中立国ベルギーを巻き込むフランス侵攻計画(シュリーフェン・プラン)を立てて、フランスとの再度の開戦に備えていました。
修道女であるテレーズは、確かな拠り所を地上よりもむしろ天上に求め、ひたすら神にのみ目を向けました。メダイヨンのなかで微笑むテレーズの肖像は、地上よりも天上に安息を見出そうとする修道女に、当時の人々が持った共感の表れです。
このメダイヨンは百年あまり前のものでありながら、全体的に良好なコンディションです。肖像画にも、二枚のガラスにも、ブロンズ部分にも、特筆すべき問題は何ひとつありません。