ラ=サント=ボームの荒野で禁欲の隠修生活を送るマグダラのマリア(聖マリ=マドレーヌ、聖マドレーヌ)のブロンズ製メダイ。ゴシック様式に基づいて、19世紀のフランスで制作されたクラシカルな作品です。
一方の面に浮き彫りにされた聖女は、顔を斜め上に向け、天を仰いでいます。聖女の衣はまだ破れていませんが、荒涼とした周囲の様子が隠修生活の厳しさを思わせます。聖女の周囲には、マグダラのマリアの象徴である十字架と祈祷書、髑髏(どくろ)が見えます。
正方形と四つ葉型を組み合わせたゴシック様式の枠が、十個の星に囲まれた聖女の浮き彫りを取り巻いています。枠には次の言葉がフランス語で記されています。
Sainte Marie-Madeleine à la Sainte Baume ラ=サント=ボームの聖マリ=マドレーヌ
もう一方の面にも正方形と四つ葉型を組み合わせた枠があり、その内側はマンドーラ形(紡錘形)に囲われています。マンドーラの内部には四人の天使によって高みへと運ばれるマグダラのマリアの姿が刻まれています。ゴシックの枠の内縁にはミル打ちを模した細かい点が連なり、マンドーラとの間は二人のケルビムと平行線による装飾で埋め尽くされて、たいへん手の込んだ作りとなっています。
伝承によると、マリア・ヤコベ、マリア・サロメと共にカマルグに上陸したマグダラのマリアは、サント=ボーム (Sainte-Baume 「聖なる洞窟」) の岩穴に隠棲して、30年間瞑想の生活を送りました。聖女は天使が運んでくる天上の食べ物だけを口にし、一日七回、毎時課に天使によって天上に上げられ、日々天上の音楽を聴きました。
こちらの面に刻まれたマリアは、長く厳しい隠修生活によって衣が失われて裸の状態ですが、かつて大勢の男たちを魅了した裸体は、長く伸びた髪によって隠されています。
六枚の翼がマドレーヌを囲む意匠は、神の御傍(みそば)に侍(はべ)る六翼のセラフ(熾天使 愛の炎に包まれる天使)を思わせます。ピッポのアウグスティヌスは、神が六日間で天地を創造し給うたという「創世記」の記述を「六」の完全性を手掛かりに解釈し、「六」という数が被造的世界の完全性を象徴すると考えました。アウグスティヌスに倣うならば、本品を制作したメダイユ彫刻家は、焼き尽くす清め火の如き神の愛によって生まれ変わり、愛の炎に包まれて天へと昇りゆくマグダラのマリアの完全な聖性を、六翼のマリアの意匠によって象徴的に表していると解釈できます。トマス・アクィナスは「スンマ・テオロギアエ」第1部108問5項においてセラフィムの性質を論じていますが、いまやマリアもセラフィムと同様の聖性を獲得し、火が常に上方へ向かうように常に神へと向かう者、愛の火が発する熱よって他の人々を浄化する者、愛の火が発する光によって他の人々を照らす者となったのです。
マグダラのマリアが隠棲したと伝えられる洞窟から見上げると、標高 994メートルの荒涼とした頂に、サン・ピロン (St. Pilon) と呼ばれる小さな礼拝堂があります。メダイのこの面には、帯状のマンドーラに「サン・ピロンにおける聖マドレーヌ」(Sainte
Madeleine au St. Pilon) と記されています。
本品は 19世紀半ばあるいは後半にフランス制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず保存状態は良好で、細部まで良く残っています。長い髪で裸体を隠した隠修のマドレーヌ像は珍しく、セラフを象(かたど)るマドレーヌの姿に深い象徴性を秘めた美しい作例となっています。