17世紀フランスの聖女マルグリット=マリ・アラコック (Ste. Marguerite-Marie Alacoque, 1647 - 1690) は、1864年9月18日、ピウス9世によってローマで列福されました。本品は列福を記念して制作されたものと思われ、信心具に使われる最も高級な素材である800シルバー(純度
800/1000のシルバー)を使用しています。800シルバーを示す「蟹」のポワンソン(貴金属検質所のマーク)は、上部に突出した環の基部に刻印されています。
メダイの一方の面には、ミル打ち状の点に囲まれたカドリロブ(quadrilobe 四つ葉形)の画面に、マルグリット=マリに出現したキリストと、キリストの前に跪く聖女を、打刻による浅浮き彫りで描き出しています。キリストは聖女を真っ直ぐに見つめ、胸元を開いて愛に燃える聖心を示しつつ、右手を聖女の方に差し伸べています。修道衣の聖女は両腕を交差させて胸に当て、祈りの姿勢を執っています。このメダイが制作された時点において、マルグリット=マリは未だ列聖されていないので、後光は表現されていません。
出現の場面の背景には多数の十字架が散りばめられています。新福者に執り成しを祈るフランス語の祈りが、出現の場面を取り巻いています。
Bienheureuse Marguerite-Marie Alacoque, priez pour nous. 福者マルグリット=マリ・アラコックよ、我らのために祈りたまえ。
神秘思想家の常として、マルグリット=マリはほとんど日常的といえるほどに神との交感を経験しました。修道院長や司祭に命じられて書き残した記録では、それら数多くの体験を「神が私に現れ給うた」と表現するのが常でしたが、なかでも1673年12月から1675年6月までの一年半の間に、三度の「大きなアパリシオン(出現)」を体験しました。また初誓願を控えて静修の期間にあった1672年10月末頃にも、修道院の庭でキリストの出現を受けています。本品に浮き彫りにされた出現が、いつ体験された出来事であるのかは不明です。マルグリット=マリが跪く地面には不規則な起伏と模様があり、修道院礼拝堂の石畳よりもむしろ庭の土のようにも見えます。
もう一方の面には、ミル打ち様(よう)装飾に囲まれたメダイの中心部に、キリストの聖心を大きく刻みます。脇を槍で貫かれて血を流す聖心は、十字架を突き立てられた上部から、人知を絶する愛を表す烈しい炎を噴き上げています。聖心は茨に囲まれており、その外側には免償のクルシフィクスに刻まれているのと同様の言葉がフランス語で記されています。
Voici ce Cœur qui a tant aimé les hommes. ここなるは、人をかくも愛したまえる聖心なり。
19世紀後半のフランスでは、マルグリット=マリの列聖をひとつのきっかけに、聖心への信心が大きなうねりとなって広まりました。本品はこの「悔悛のガリア」(Gallia poenitens) 時代のはじめに制作されたもので、「聖心に最も善きものを捧げたい」という当時のフランス人の真情が、高価な銀の使用に表れています。
本品はおよそ百五十年前に制作された真正のアンティーク品ですが、保存状態は極めて良好です。同時代の他のメダイと同様に打刻によって作られており、ごく浅い浮き彫りとなっているにもかかわらず、図柄はまったくと言って良いほど磨滅していません。銀の硫化による黒ずみは、均一で美しい古色となっています。綺麗にしたい場合は、練り歯磨きをブラシに付けて軽くこすれば簡単にクリーニングできます。