二十世紀中頃のフランスで制作されたアッシジの聖フランチェスコのメダイ。現代的な意匠に基づき鋳造によって制作された重厚な作品です。9.4グラムの重量は五百円硬貨よりもずっと重く、百円硬貨二枚分に相当し、手に取ると心地よい重量感があります。
本品はパリ生まれのメダユール(仏 médailleur メダイユ彫刻家)、ミシェル・セラ(Michel Serraz, 1925 -)が 1960年代頃に制作した作品で、表(おもて)面の最下部に署名(SERRAZ)が刻まれています。
メダイの表(おもて)面は、聖フランチェスコの弟子であるフラテ・レオーネ(レオーネ修道士)が、聖人の前に跪いて祝福を受ける姿を浮き彫りで表します。
イタリア中部アペニン山中の町キウージ・デッラ・ヴェルナ(Chiusi della Verna トスカナ州アレッツォ県)に近い山の中で、1224年9月14日、十字架称讃の祝日に、アッシジの聖フランチェスコ(San Francesco d'Assisi, 1182 - 1226)はキリストの姿をしたセラフから聖痕(せいこん)を受けたと伝えられます。聖痕とはイエス・キリストが受難の際に負い給うた五つの傷、すなわち両手両足の釘孔と脇腹の槍傷が、聖人の身体に自然に現れたものを指します。
聖フランチェスコの聖人伝「イ・フィオレッティ」(伊 "I Fioretti" 「聖フランチェスコの小さな花」)には、「聖痕についての考察」が収録されています。この部分は五箇所の聖痕に因んで五つの考察に分かれており、聖痕の奇跡が起きたときの状況は「第三の考察」で詳述されています。
聖痕の奇跡としてよく知られているこの出来事の少し前に、聖フランチェスコは信仰上の悩みを抱える弟子フラテ・レオーネ(Frate Leone きょうだいレオーネ、レオーネ修道士)のために、祝福の言葉を羊皮紙に書き付けて与えました。この出来事は「聖痕についての考察」のうち「第二の考察」に記録されています。本品の浮き彫りは聖フランチェスコがフラテ・レオーネに自筆の書き付けを与え、レオーネを祝福する様子を表しています。
本品の浮き彫りにおいて、聖フランチェスコとフラテ・レオーネは庭園のようなところにいます。背景の上部に見える鋸歯状の胸牆は、領主の城を囲む城壁のように見えます。
聖痕の奇跡が起きたヴェルナの山は、カゼンティーノ(Casentino 現トスカナ州アレッツォ県)伯オルランド・ディ・キウジ(Orlando
di Chiusi)の所領でした。伯はたまたま聖フランチェスコの説教を聴く機会があり、自身の魂の救いのために、隠棲に適したヴェルナ山をフランチェスコに寄進したのでした。寄進の経緯は「聖痕についての考察」のうち「第一の考察」に記されています。また「第一の考察」には、伯がフランチェスコの弟子ふたりに五十人の家来を同行させてヴェルナ山を案内させ、修道院となる小屋を建てたこと、「第二の考察」には、伯自身が多くの従者を引き連れてヴェルナ山に聖人と三人の弟子たちを訪れ、先に建てた小屋(修道院)から少し離れた場所に、フランチェスコが独住するための庵を建てたことが記されています。
フラテ・レオーネが師フランチェスコから書き付けを貰った出来事は、以上の記述に引き続いて「第二の考察」に記録されています。この出来事があった場所は、文脈から判断すれば人里離れたヴェルナ山と思われます。それにもかかわらず本品において二人の聖人が庭に居るように描写されているのは、庭を囲む城壁によって俗世間との精神的隔絶を視覚化し、強調的に表しているのでしょう。この庭は領主の城の庭であり、領主とは神御自身であり、この庭は聖フランチェスコと弟子たちの信仰によって地上に実現した神の国に他なりません。
庭にはたくさんの薔薇が咲いています。古典古代の異教時代以来の地中海世界において、花が咲き乱れる庭園は来世の楽園を表し、墓室壁画や床のモザイク画等に多くの作例を挙げることができます。本品に関して言えば、愛の象徴である薔薇は、神とキリストを熱烈に愛したフランチェスコと小さき兄弟たちにふさわしい花であると同時に、五枚の赤い花弁によって、間もなくフランチェスコの身に起こる聖痕の奇跡を予告しています。また画面左端に見える糸杉は実際にヴェルナ山付近に多い樹種ですが、強い芳香ゆえに聖性を象徴する樹木でもあります。
茶色の粗衣をベルト代わりのロープで縛ったフランチェスコは、上体をわずかに前に屈め、右手を挙げつつ左手でフラテ・レオーネの頭に触れて、愛弟子に祝福を与えています。浮き彫りの周囲には次の言葉がフランス語で刻まれています。
Saint François bénit Frère Léon. 聖フランチェスコ、フラテ・レオーネを祝福する。
師弟の足元には小鳥たちがいます。これはフランチェスコが三人の弟子たちを伴ってヴェルナ山に赴く途中に出会った小鳥たちで、「聖痕についての考察」のうち「第一の考察」の最後の部分に登場します。「イ・フィオレッテイ」十六章に登場する小鳥たちと同様に、ヴェルナ山の小鳥たちもフランチェスコの聖徳を慕って集まり、聖人の体にも多数の小鳥が留まったと記録されています。
もう片面には聖フランチェスコがフラテ・レオーネに書き与えた祝福の言葉が刻まれています。これはヴルガタ訳「民数記」六章二十四節から二十六節の引用で、フランチェスコが書いた原文はラテン語ですが、本品では中世のアンシャル体を思わせる字体により、フランス語で記されています。内容は次の通りです。
Que le Seigneur te bénisse et te garde, | 主があなたを祝福し、守ってくださるように。 | |||
qu'il te montre sa face et ait pitié de toi, | 主が御顔をあなたに示し、あなたを憐れんでくださるように。 | |||
qu'il tourne son visage vers toi et te donne la paix, | 主が御顔をあなたに向けて、あなたに平安を与えてくださるように。 | |||
que le Seigneur te bénisse. | 主があなたを祝福してくださるように。 |
メダイの下部にはひときわ大きなタウ十字(Τ)があり、その脇に「フレール・レオン」(仏 frère Léon フラテ・レオーネ、レオーネ修道士)の名前が記されています。
上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりも一回り大きなサイズに感じられます。
ミシェル・セラはキリスト教をテーマにした数点のメダイユを制作していますが、いずれも点数が少なく、めったに手に入りません。1979年6月から9月にかけて、パリ造幣局美術館で「ランヴィジーブル・ダン・ラ・メダイユ」(仏 L'Invisible dans la Médaille メダイユ芸術と宗教)という大規模な展覧会が開かれたのですが、そのときのカタログにも本品は載っておらず、珍しい作品であることがわかります。
当店では以前に一度だけ本品を取り扱ったことがあります。ミシェル・セラのこの作品は珍しく、再び入手することは不可能と思われましたが、このたびたまたま手に入りました。本品は数十年前のフランスで制作された真正のヴィンテージ品(アンティーク品)ですが、見本としてメダイユ店に残っていた未販売の新品です。保存状態は極めて良好で、突出部分にも摩耗はまったく見られません。
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