アール・デコの工芸品 「キリストとの出会いを天に感謝する聖クリストフ」 精神性に満ちた作例 27.3 x 18.3 mm


突出部分を含むサイズ 縦 27.3 x 横 18.3 mm

フランス  1910 - 30年代



 中世以来最も人気がある聖人のひとりである聖クリストフ(聖クリストファー、聖クリストフォロス)のメダイ。百年近く前のフランスで制作されたアール・デコ様式の作品で、ブロンズに茶色のガラスを被(かぶ)せてエマイユ・シュル・バス=タイユとしています。裏面には何も彫られていません。




 13世紀の聖人伝集成「レゲンダ・アウレア」によると、大男の武人クリストフォロスは世界で最強の君主に仕えることを望み、まずはじめに、最強と思われるカナンの王に仕えました。しかしながら王が悪魔を恐れていることがわかったので、次に悪魔の家来になりました。やがて悪魔が神を恐れていることを知ると、神に仕えることを望みましたが、どうすれば神に出会えるかがわかりません。隠者に相談したところ、人を背負って深い川を渡す仕事をすれば神に出会える、と教えられました。ある日小さな男の子が現れて、向こう岸に渡してくれるようにと頼まれたクリストフォロスは、男の子を肩に乗せて運び始めますが、途中で男の子が非常に重くなり、やっとの思いで向こう岸にたどり着きました。男の子は世界を創ったキリストで、世界よりも重かったのです。クリストフォロスはこのときから神に仕える者となりました。

 「クリストフォロス」(Χριστόφορος) は、ギリシア語で「キリスト」を表す「クリストス」の語根「クリスト」 "Χριστ-" と、「運ぶ人」を表す「フォロス」"-φορος" から成る合成語で、「キリストを運ぶ人」という意味です。アンテパエヌルティマ(後ろから三番目の音節)のオミクロン (ο) は、ギリシア語系合成語における繋ぎの音です。古典ギリシア語のアクセントは、ラテン語や日本語と同様、高く発音するピッチ・アクセントで、アンテパエヌルティマのオミクロンにあります(クリスフォロス)。クリストフォロスのフランス語形は「クリストフ」(Christophe)、英語形は「クリストファー」(Christopher) です。

 メダイの浮き彫り彫刻をはじめ、中世以降の西ヨーロッパにおけるクリストフ像は、「レゲンダ・アウレア」に収録されている上記の伝説に基づき、幼子イエスを肩に乗せて渡河する姿で描かれるのが通例です。下の写真は南ドイツで1423年に刷られた手彩色木版画ですが、クリストフはやはり川の中におり、肩の上の男の子があまりにも重くなったので、杖にすがって振り返り、問いかけるように男の子を見ています。男の子は全宇宙の支配権を示すグロブス・クルーキゲル(世界球)を手にし、天を指さして、自らが神にして天地の造り主イエス・キリストであることを宣言しています。





 中世以来、クリストフの絵や像を見た者は、その日のうちに「悪(あ)しき死」、すなわち臨終の場に司祭が立ち会わない突然の死に遭うことが無いと信じられています。それゆえクリストフのメダイには人気があって、さまざまな作品が作られています。上の絵の下部にはラテン語で次の言葉が書かれています。

  Christofori faciem die quacumque tueris, illa nempe die morte mala non morieris.   クリストフォロスの顔を見れば、その日は決して悪しき死に遭うことがない。





 聖クリストフの図像はかなりの程度まで定型化が進んでいますが、制作された年代によって、また個々のメダイユ彫刻家によって、ある程度の多様性は存在します。本品の彫刻には次のような特徴が見られます。

 ひとつめの特徴は、アール・デコ様式であることで、聖人の髪の流れや衣の襞(ひだ)、川面(かわも)の波を単純で幾何学的な線に還元しようとする傾向が認められます。メダイの中心部に発する放射状の光線も、アール・デコの意匠に愛用されたパターンのひとつです。

 ふたつめの特徴は、クリストフの姿勢です。幼子イエスが肩に乗っているゆえに、定式通りに渡河の場面が彫られていることがわかります。クリストフの肘の下には杖も見えています。しかしながらこの杖は短く、クリストフの手よりも上に突出していないため、一見したところ杖の存在に気付きません。筋骨たくましい大男クリストフは、通常の図像であれば杖をしっかりと握っているはずの両手を胸の前に合わせ、天を仰いで祈りの姿勢を執っています。まことの救い主にようやく出会えたことを、クリストフは神に感謝しているのです。感極まった聖人の表情が、如何に活き活きと表現されていることでしょうか。





 本品は非常に濃い色の半透明ガラスをメダイに被せることにより、浮き彫りの凹凸を際立たせ、深みのある三次元的視覚効果を得ています。このようなエマイユ技法をフランス語で「エマイユ・シュル・バス=タイユ」」(l'émail sur basse-taille) と呼びます。メダイに掛けられるエマイユは、青いガラスが圧倒的多数を占めますが、本品には温かみのある茶色が使われています。茶色は土の色であり、土から作られて土に帰る人間(「シラ書」 40章 1節)を象徴します。すなわち茶色は人間の死すべき命を示唆します。

 しかしその一方で、本品は八角形に作られています。キリスト教の象徴体系において、神が天地創造に要し給うた日の数である「七」は、物事の完結性を表します。いっぽう「八」は「七」の次の数であるゆえに、物事の新たな始まり、新生、生まれ変わり、新しい命を表します。全身を水中に浸す洗礼が行われていた時代には、礼拝堂を水浸しにしないために、礼拝堂とは別に洗礼堂が必要でしたが、「八」が有するこの象徴性ゆえに、洗礼堂は八角形のプランで建てられました。本品の彫刻において、聖クリストフが腰まで水につかりながら川を渡る様子は、全身を水に浸す古代の洗礼をまさに思い起こさせます。

 クリストフはまことの救い主に出会って新しい命を得、大きな喜びを以て神に感謝しています。本品の浮き彫りは、感激した面持ちのクリストフに祈りの姿勢を取らせて、ようやく救い主に出会った聖人の心の動きを見事に表現しています。事故等で急死することが無いように神の加護を願うため、クリストフのメダイは根強い人気がありますが、神と救い主への感謝を表現した本品は、半ば交通安全の護符のようになっている類品に比べて、はるかに深い精神性を有しています。





 上の写真に写っている定規のひと目盛は 1ミリメートルです。本品は大きめのサイズですが、聖人の顔の各部は 1ミリメートルほど、幼子イエスの顔の直径はおよそ 2ミリメートル、イエスの手は 1ミリメートルです。このような極小サイズにもかかわらず、メダイユ彫刻家の腕は確かであり、身体各部の比例が正確であるだけでなく、クリストフの腕や首筋、顔の筋肉を正確に描写し、優れた迫真性に到達しています。





 本品は百年近く前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、保存状態は極めて良好です。金属にもエマイユのガラスにも、特筆すべき問題は一切ありません。 アール・デコの意匠とえまいちゅが美しいだけでなく、数あるクリストフのメダイのなかでも最も深い精神性を湛えた佳作です。





本体価格 16,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




聖クリストフのメダイ 商品種別表示インデックスに戻る

諸聖人と天使のメダイ 一覧表示インデックスに戻る


諸聖人と天使のメダイ 商品種別表示インデックスに移動する

メダイ 商品種別表示インデックスに移動する


キリスト教関連品 商品種別表示インデックスに移動する



アンティークアナスタシア ウェブサイトのトップページに移動する




Ἀναστασία ἡ Οὐτοπία τῶν αἰλούρων ANASTASIA KOBENSIS, ANTIQUARUM RERUM LOCUS NON INVENIENDUS