西ヨーロッパの修道制度の創始者として、中世以降のキリスト教史に大きな足跡を残した聖人、ヌルシアのベネディクトゥス (St. Benedictus de Nursia, c. 480 – c. 547) のメダイ。19世紀末のフランスで、スクリュー・プレスの打刻により制作されたもので、素材は真鍮(しんちゅう 銅と亜鉛の合金)と思われます。
表(おもて)面には、右手に持った十字架を高く掲げる修道服姿の聖ベネディクトゥスが表され、周囲にラテン語で「聖なる師父ベネディクトゥスの十字架」(CRUX
SANCTI PATRIS BENEDICTI) と刻まれています。細部が磨滅しているせいで判別しにくいですが、聖人の足許には牧杖とミトラが置かれていて、修道院長として表されていることがわかります。聖人は左手に本を持っているはずで、この本は聖ベネディクトゥス戒律を象徴します。
聖人の足下の左側(向かって右側)には小さなカラスが刻まれています。聖人を妬む者が聖人のパンに毒を入れましたが、カラスがそれを咥えて遠くに捨てたことで、聖人は難を逃れました。
メダイの裏面には文字が刻まれており、ほぼすべて判読可能です。これらの文字が何を表すのか、長い間分かっていませんでしたが、1415年の写本が1647年にバイエルンのメッテン修道院で発見され、その意味が明らかになりました。まず、十字架上のイニシアル9文字が表すのは次の言葉です。
CRUX SACRA SIT MIHI LUX. NUNQUAM DRACO SIT MIHI DUX. 聖なる十字架が我が光であるように。竜(悪魔)が我が導き手となることが決して無きように。
メダイの上部のギリシア文字「イオタ・エータ・シグマ」(IHS) は、ギリシア語「イエースース」(イエズス)を表します。周囲のイニシアルが表すのは次の言葉です。
VADE RETRO SATANA. NUNQUAM SUADE MIHI VANA. SUNT MALA QUAE LIBAS. IPSE
VENENA BIBAS.
退けサタン。虚しき事で我を誘うな。汝が我に与うるは悪しき物なり。汝自身が毒を飲め。
十字架の背景にある4文字のイニシアル C. S. P. B. は「聖なる師父ベネディクトの十字架」(CRUX SANCTI PATRIS BENEDICTI)
を表します。この言葉は表(おもて)面に刻まれていたものと同じです。
本品は制作から百数十年が経過した真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず十分に良好な保存状態�です。スクリュー・プレスで打刻して作られた特性上、凹凸の高低差はわずかですが、聖人の姿ははっきりと残り、刻まれた文字もすべて判読可能です。