20世紀中頃のフランスで、リヨンのメダイユ工房「A. オジ」(A. Augis) が制作したゆりかご用メダイ。アルミニウム製で、5センチメートル近い直径があり、丸みを帯びた肉厚の縁が温かみを感じさせます。
本品において子羊を抱く幼子は、一見したところ洗礼者ヨハネのように見えますが、後光に十字架の意匠があることから、幼子イエスであるとわかります。
一方、イエスに抱かれる子羊は小さな十字架を抱えているように見え、一見したところ「アグヌス・デイ」(AGNUS DEI ラテン語で「神の子羊」)のようです。しかしながらこの小さな十字架は、子羊ではなく幼子イエスが持っています。子羊を抱く幼児がイエスですから、この子羊は「アグヌス・デイ」ではなくて、人間の魂を表しています。
羊が人間の魂を表す図像の例として、19世紀後半のフランスのカニヴェを下に示します。このカニヴェは善き牧者であるイエス・キリストの手から生命の水を飲む羊たちを描いています。聖画の下には、次の言葉がフランス語で記されています。
Allons puiser à cette source divine qui toujours s'épanche et jamais ne s'épuise. 常に湧き出し枯れることなき神の泉にて、我ら命の水を汲まん。
当店の商品です。
とりわけ本品はゆりかご用メダイですから、イエスに抱かれる子羊は、イエスが愛して守り給う幼子を表していると考えられます。羊をはじめ、草食動物は肉食動物に捕食される危険があるゆえに、眠るときを含めてほとんど常に立っています。しかるにこの子羊はイエスの腕の中という安全な場所で、脚を折り曲げてくつろいでいます。その様子は母の愛に守られてすやすやと眠る幼子にそっくりで、ゆりかご用メダイにぴったりの作品となっています。
メダイの縁に近いところに、"A. Augis Edit." "R. Rigola Sculpt."
の文字が彫られています。
"A. Augis Edit." は、フランス語 "A. Augis Editeur"、またはラテン語
"A. AUGIS EDIDIT" の略記で、いずれにせよ「A. オジが発行した」という意味です。「A. オジ」(A. Augis)
はリヨンのメダイユ及びジュエリー工房で、1830年創業の老舗です。今日も6代目当主のもとで存続しています。
"R. Rigola Sculpt." は、ラテン語 "R. RIGOLA SCULPSIT" の略記で、「R.
リゴラが彫った」との意味です。R. リゴラはフランスで活躍したイタリア系のメダイユ彫刻家です。
本品は直径と最大の厚みがそれぞれ 5センチメートル、6ミリメートルに近い立派なサイズですが、重量は百円硬貨四枚分に相当する 20.1グラムに抑えられており、プラスチック製ゆりかご用メダイとあまり変わらない軽さを実現しています。およそ六十年あるいはそれ以上前こ制作された古い品物にもかかわらず、保存状態は極めて良好で、磨滅はほとんど見られません。ゆりかごで眠る幼子を、イエスの腕に安心して抱かれる子羊に重ね合わせた美しい作品です。