左腕で十字架を支え、右手で聖心を指し示すイエズス・キリストの人像型メダイ。イエズスの両手には生々しい釘の跡が見えています。メダイの裏面には十字架が輝き、次の言葉がフランス語で記されています。
Catholique et Français toujours !! (われらは)常にカトリックなり、フランス人なり!!
これはフランスが 1870年の普仏戦争に敗れた際にマルティノ (F. Martineau) という人が作り、フランスでは現在でも時々歌われる「オ・マリ、オ・メール・シェリ」という歌の一節です。「オ・マリ、オ・メール・シェリ」("O Marie, ô Mère chérie") とは、フランス語で「マリアよ、愛する御母よ」という意味です。
この歌が作られた19世紀後半は、フランスがそれまでの二百年間に犯した罪を悔いて、聖心への信仰が高揚した「悔悛のガリア」(GALLIA POENITENS)の時代でした。「オ・マリ、オ・メール・シェリ」は、愛国心と敬神が一体となり、神の御前に遜(へりくだ)る当時のフランス人の宗教的心情を歌っています。
本品の制作年代は、20世紀に入って再びフランスが危機に瀕した第一次世界大戦期頃です。制作からおよそ百年が経つ真正のアンティーク品ですが、摩耗の程度はごく軽く、細部までよく残っている良好なコンディションです。工芸品としての美に、近代フランス精神史の史料的価値を併せ持つ興味深い作例です。