ゴシック聖堂の建築部材を連想させる重厚なデザインの十字架に、円形メダイを組み合わせた美しい作品。1860年代のリヨンを代表する彫刻家リュドヴィク・ペナン
(Ludovic Penin, 1830 - 1868) の手により、銅を使用して制作された名品です。1860年代のフランスは第二帝政期で、わが国で言うとちょうど幕末にあたります。
十字架部分、交差部の円形メダイ部分とも、いずれの面も同様の丁寧さで作られています。十字架部分は表裏とも同じデザインで、天高く伸びるゴシック聖堂の柱を思わせる直線部分の先端部に、フランス語でロブ
(lobe) と呼ばれる四つ葉形をあしらいます。ロブ、英語で言うクアトルフォイル (quatrefoil) も、ゴシック建築の窓や壁面装飾に多用される形です。
交差部の四隅には、四つのフルール=ド=リス(fleurs-de-lys 百合文またはアヤメ文)をあしらいます。フルール=ド=リスはフランスの象徴であるとともに、その三枚の花びらにより三位一体を象徴するゆえ、キリスト教の美術工芸品に多用されるモティーフです。
円形メダイの表(おもて)面には、ロブと正方形を組み合わせたゴシック様式の枠の中に、聖心を示すイエズス・キリストが精緻な浮き彫りで表されています。円形メダイの直径は
18.8ミリメートル、イエズスの頭部は縦 4ミリメートルほどの小さなサイズですが、大型彫刻に勝るとも劣らない出来栄えは、彫刻家の優れた技量を証明しています。
イエズスは左手で愛に燃える聖心を示し、右手を見る者に向け、限りない神の愛を以って罪びとを招いています。その両手には釘を打たれた痛々しい傷跡があり、背景は多数の十字架で埋め尽くされています。
円形メダイの下部、ロブと正方形の枠の外側に LP とあるのは、この十字架形メダイユを製作した彫刻家、リュドヴィク・ペナンのイニシアルです。
円形メダイの裏面には、表(おもて)面と同じ形の枠に唐草模様をあしらい、中心に IHSのモノグラムを刻みます。IHSはラテン文字のアイ、エイチ、エスではなく、ギリシア文字のイオタ、エータ、シグマで、イエズス(ギリシア語でイエースース IHSOYS)を表します。IHSの上には十字架、IHSの下には受難を表す三本の釘が浮き彫りにされています。
上部にはフルール=ド=リス形の美麗な吊り輪が取り付けられています。19世紀のファイン・ジュエリーに特有の彫金「ミル打ち」を模した細工が、裏側に折り返した部分にまで丁寧に施されています。
本品の実物は黒光りするような光沢があり、美麗さと重厚さを兼ね備えています。重量は 13.1グラムで、500円硬貨2枚分に勝り、手に取ると心地よい重みを感じます。フランス第二帝政期に製作された真正のアンティーク品ですが、デッド・ストック品と思われます。部分的に軽い緑青(ろくしょう)が見られる程度で、非常に優れた保存状態です。同等のコンディションの類品を今後入手することは、おそらく不可能です。