20世紀前半のフランスで制作された聖心のメダイ。指先に乗る小さなサイズながらも、美しいシルエットと驚くべき細密彫刻を採用した優品です。
メダイ全体のシルエットは、円形の本体を八枚の花弁状突起で囲んでいます。突起の縁取りは羊歯(シダ)植物の新芽のような形状で、アール・ヌーヴォー期以降のフランスに強い刻印を遺した日本美術の影響を感じさせます。
メダイの表(おもて)面には、左手で衣を開き、右手で胸の聖心を指し示すイエズス・キリストを浮き彫りにしています。聖心は人間の理解を絶する強さの愛により、強烈な光を放って輝くとともに、烈しい炎を噴き上げています。
八枚の花弁を有する本品のシルエットは、血を滴らせ、愛の炎を噴き上げる聖心のメダイに相応しい形です。なぜならば、聖心から滴るキリストの血は、「ヨハネによる福音書」6章54節にあるように永遠の命を得させる「生命の水」であるからです。同書おいて、キリストは次のように言っています。
わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。(新共同訳)
キリスト教において、「八」という数字は、天地創造に要した日数すなわち完全数「七」の次の数であるゆえに、物事の新たな始まり、新生、生まれ変わり、新しい命の象徴でもあります。全身を水中に浸す洗礼が行われていた時代に、洗礼堂が八角形のプランで建てられていたのも、「八」が有するこの象徴性ゆえです。したがってこのメダイが有する八枚の花弁は、キリストの愛、神の愛による「新生」と「永遠の命」を象徴しているのです。
メダイの裏面には、モンマルトルのサクレ=クールのバシリカを浮き彫りにし、これを取り巻くように聖堂の名前 (Basilique de Sacré-Coeur, Montmartre を記しています。聖堂は
5 x 6 ミリメートルの範囲に収まるミニアチュール彫刻で、ルーペまたは顕微鏡で拡大すると、驚異的な細かさがわかります。
下の写真はこの彫刻をマクロ撮影したもので、実物の面積を四百倍に拡大しています。定規のひと目盛は1ミリメートルです。西側正面の三つの入り口は幅1ミリメートルの範囲に収まっており、それぞれの入り口の内部構造までが表現されていることがお分かりりいただけます。古い時代のメダイを仔細に観察すると、現代では再現が難しい彫刻技術に驚かされることがあります。本品はそのような作例のひとつです。
本品は数十年前のフランスで制作された真正のヴィンテージ品ですが、保存状態は極めて良好で、突出部分の摩耗もごくわずかです。トップレベルの技術を持つ彫刻家による優れた工芸品として、高く評価されるべきメダイユです。