大きめサイズのクルシフィクス 《死に勝利する神の子羊 80.2 x 42.1ミリメートル》 近現代的表現によるクリストゥス・トリウンファーンス フランス 1930年代頃



突出部分を含む十字架のサイズ 縦 80.2 x 横 42.1 mm

コルプスを含む最大の厚み 6.7 mm

全体の重量 13.7 g


足台を含むキリスト像の身長 32.0 mm  両手先間の距離 30.0 mm

コルプスの最大の厚み 4.7 mm



 戦間期頃のフランスで制作された美麗なクルシフィクス。高さ八センチメートルのラテン十字にコルプス(羅 CORPUS キリスト像)とティトゥルス(羅 TITULUS 罪状書き)を溶接し、たいへん立体的な作りです。材質はおそらく真鍮で、厚い金めっきが施されています。





 キリストの頭上には、釘で留めた巻き紙のような物が掲げられています。これはキリストの罪状書きで、ラテン語でティトゥルス(羅 TITULUS)といいます。「ヨハネによる福音書」十九章十九節によると、実際の罪状書きはヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれていました。

 罪状書きの内容は「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」で、ラテン語で書くとイエースス・ナザレーヌス(または、ナザラエウス)、レークス・ユーダエオールム(羅 IESUS NAZARENUS/NAZARAEUS REX IUDAEORUM) ですが、クルシフィクスの小さな札に多くの文字を書くことはできないので、イー・エヌ・エル・イー(INRI ラテン語読み)と略記されます。本品の罪状書きも四文字のイニシアルで書かれています。


 本品のコルプス(キリスト像)は足台を含む身長が 32ミリメートル、両手先間の距離が 30ミリメートルと大きなサイズで、別作した像を十字架に溶接しています。シャプレ(仏 chapelet 数珠、ロザリオ)に付くような小クルシフィクスの場合、大抵のコルプスは十字架と一体で打刻されるか、そうでなければ薄い金属板の打ち出し細工によります。しかるに本品のコルプスは十字架とは別に鋳造され、鋳バリを丁寧に削り落として仕上げています。

 本品のコルプスはクリストゥス・ドレーンス(羅 CHRISTUS DOLENS 苦しむキリスト)と呼ばれる類型に属します。大きめのサイズであるために人体の細部が忠実に再現されていることに加え、完全な丸彫り像であるせいで、救い主の受難があたかも眼前に見えるかのように胸に迫ります。





 受難の際、イエスはエルサレム旧市街のヴィア・ドローローサ(羅 VIA DOLOROSA 悲しみの道)を引き立てられ、十字架を負わされて歩み給いました。このときイエスが運び給うたのは、十字架のパティブルム(羅 PATIBULUM 横木)のみと考えられています。

 大きな木材を実際に運ぶとわかりますが、たとえ横木だけであっても担いで長距離を歩くなど、とてもできることではありません。したがって本品の十字架に比べると、イエスが担ぎ給うた横木は奥行こそあれ、幅はもう少し狭かったであろうと思われます。すなわちイエスが実際に架かり給うた十字架に比べて、本品の十字架は幅広に作られています。フルーティング(英 fluting 柱に並行する多数の溝)を刻み、唐草様の意匠で末端を飾った幅広の十字架は、ローマの戦勝記念柱を思わせます。

 十字架上で苦しんでおられるキリストはやがて復活し、罪がもたらす永遠の死に勝利し給います。それゆえ十字架は王であるキリストの戦勝記念柱に他なりません。そのことを思うとき、本品の十字架の古典的で堂々たる造形に納得がゆきます。一見したところ装飾的にも見える本品の十字架は、単に審美的感覚に訴える装飾を超えて、キリストが死に打ち勝ち給うたことの象りなのです。本品においてクリストゥス・ドレーンはクリストゥス・トリウンファーンス(羅 CHRISTUS TRIUMPHANS 勝利のキリスト)に重なります。





 本品十字架が有するこのような特性は、交差部の意匠にも表れています。クルシフィクスの十字架交差部には、キリストの光背を兼ねた円がしばしば造形されます。本品もこの部分に円を有しますが、本品の円内にはアカンサス文(唐草文)が彫られています。

 「創世記」三章には人祖アダムとその妻エヴァが善悪を知る木の実を食べ、楽園を追放される物語が書かれています。このとき神がアダムに語り給うた言葉に、新共同訳で茨、あざみと訳される植物が登場します。「創世記」三章十七節から十九節を、七十人訳と新共同訳により引用します。

17 τῷ δὲ Αδαμ εἶπεν ὅτι ἤκουσας τῆς φωνῆς τῆς γυναικός σου καὶ ἔφαγες ἀπὸ τοῦ ξύλου οὗ ἐνετειλάμην σοι τούτου μόνου μὴ φαγεῖν ἀπ᾽ αὐτοῦ ἐπικατάρατος ἡ γῆ ἐν τοῖς ἔργοις σου ἐν λύπαις φάγῃ αὐτὴν πάσας τὰς ἡμέρας τῆς ζωῆς σου      神はアダムに向かって言われた。「お前は女の声に従い/取って食べるなと命じた木から食べた。お前のゆえに、土は呪われるものとなった。お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。  
18 ἀκάνθας καὶ τριβόλους ἀνατελεῖ σοι καὶ φάγῃ τὸν χόρτον τοῦ ἀγροῦ   お前に対して/土は茨とあざみを生えいでさせる/野の草を食べようとするお前に。
19 ἐν ἱδρῶτι τοῦ προσώπου σου φάγῃ τὸν ἄρτον σου ἕως τοῦ ἀποστρέψαι σε εἰς τὴν γῆν ἐξ ἧς ἐλήμφθης ὅτι γῆ εἶ καὶ εἰς γῆν ἀπελεύσῃ   お前は顔に汗を流してパンを得る/土に返るときまで。お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は塵に返る。」





 上に引用した三章十八節において、新共同訳が茨と訳しているヘブル語の植物名は、七十人訳のギリシア語ではアカンタ(引用文中では複数対格形アカンタース ἀκάνθας)となっています。

 アカンサス文のアカンサスとは古典ギリシア語アカンタ(希 ἂκανθα 棘)に由来します。アカントス(希 ἂκανθος)はアカンタ(棘)とアントス(希 ἂνθοϛ 花)に由来し、ギリシア語で「棘のある花」という意味ですが、古典古代においてこの植物名はハアザミ(アカンサス Acanthus mollis)、アラビアアカシア (Acacia arabica)、ハリエニシダの近縁種 (Genista acanthoclada) を指します。要するにユダヤ・キリスト教の文脈において、アカンサス文は単なる装飾意匠であることを止め、救い主が贖い給う罪の象徴となるのです。

 本品クルシフィクスにおいてイエス・キリストの光背に見られるアカンサス文は、本品のコルプスが過ぎ越しの子羊、アーグヌス・デイー(羅 AGNUS DEI 神の子羊)であり、人に永遠の生命をもたらす聖体(羅 コルプス・クリスティー)に他ならないことを象徴的に表しています。





 上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもさらにひと回り大きなサイズに感じられます。







 本品は戦間期頃のフランスで制作されました。八十年ないし九十年前の古い品物ではありますが、保存状態は極めて良好です。特筆すべき瑕疵は何もありません。

 近現代のクルシフィクスに一般的なクリストゥス・ドレーンス(苦しむキリスト)像を用いながらも、戦勝記念註を思わせる十字架との組み合わせにより、死に勝利するキリストを表現した本品クルシフィクスは、キリスト教の本質を端的に可視化しています。古典的なクリストゥス・トリウンファーンス(勝利のキリスト)を二十世紀の様式で再現した本品は、世俗化しつつもカトリック文化の奥深さを内に秘めるフランスならではの信心具であり、実用性を備えつつも、深い宗教性に到達した芸術品です。





本体価格 21,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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