極稀少品 あるべき姿のクルシフィクス 《ル・クリスト=ロワ 死に勝利する王キリスト 51.8 x 42.5 mm》 ルーヴル収蔵品に基づく作品 フランス 1920
- 30年代頃
重量 7.7 g
突出部分を含む十字架のサイズ 縦 51.8 x 横 42.5 mm
「ヨハネによる福音書」一章はキリストをロゴス(希 λόγος ことば)と呼び、十節と十一節において次のように書いています。
10. | ἐν τῷ κόσμῳ ἦν, καὶ ὁ κόσμος δι' αὐτοῦ ἐγένετο, καὶ ὁ κόσμος αὐτὸν οὐκ ἔγνω. | 言(ことば)は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。 | |||
11. | εἰς τὰ ἴδια ἦλθεν, καὶ οἱ ἴδιοι αὐτὸν οὐ παρέλαβον. | 言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。 | |||
N-A 26 Auflage | 新共同訳 | ||||
新共同訳が「自分の民のところ」と訳しているタ・イディア(τὰ ἴδια)は、この文脈では「自分の領地」の意味に解せます。すなわちメシア(キリスト)はユダヤの王として降誕されました。しかしながら「ヨハネによる福音書」一章が言うように、ユダヤ人たちはその事実を理解しませんでした。イエスを十字架につける前、ローマ総督の兵士たちはイエスに王を真似た恰好をさせて侮辱しました。「マタイによる福音書」二十七章二十七節から三十節には次のように記録されています。 | |||||
27 | Τότε οἱ στρατιῶται τοῦ ἡγεμόνος παραλαβόντες τὸν Ἰησοῦν εἰς τὸ πραιτώριον συνήγαγον ἐπ' αὐτὸν ὅλην τὴν σπεῖραν. | それから、総督の兵士たちは、イエスを総督官邸に連れて行き、部隊の全員をイエスの周りに集めた。 | |||
28. | καὶ ἐκδύσαντες αὐτὸν χλαμύδα κοκκίνην περιέθηκαν αὐτῷ, | そして、イエスの着ている物をはぎ取り、赤い外套を着せ、 | |||
29. | καὶ πλέξαντες στέφανον ἐξ ἀκανθῶν ἐπέθηκαν ἐπὶ τῆς κεφαλῆς αὐτοῦ καὶ κάλαμον ἐν τῇ δεξιᾷ αὐτοῦ, καὶ γονυπετήσαντες ἔμπροσθεν αὐτοῦ ἐνέπαιξαν αὐτῷ λέγοντες, Χαῖρε, βασιλεῦ τῶν Ἰουδαίων, | 茨で冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、侮辱した。 | |||
30. | καὶ ἐμπτύσαντες εἰς αὐτὸν ἔλαβον τὸν κάλαμον καὶ ἔτυπτον εἰς τὴν κεφαλὴν αὐτοῦ. | また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた。 |
マタイは兵士たちがイエスに着せた外套の色をコッキネーン(κοκκίνην)と記録しています。これはコッコス(κόκκος カーミンカイガラムシ)から採取するカーミンあるいはクリムゾン(紫がかった赤)のことで、シリアツブリボラ(Bolinus
brandaris)のパープル腺から採れる貝紫を思わせます。貝紫は王の衣に使われる染料です。茨の冠は王冠、葦の棒は王笏を真似ています。彼らはイエスがまことにユダヤ人の王であり給うことを知らず、イエスを嘲って戯画化した王の姿をさせています。
(上) le Christ couronné sur la croix, inv. OA4084, musée du Louvre, aile Richelieu, niveau 1, Salle 502
ルーヴル美術館リシュリュー翼 502号展示室に、王冠を被った磔刑のキリスト像があります。これは 1140年から 1160年頃にブルゴーニュで制作されたブロンズの鍍金像で、十字架は失われています。像の高さは 22センチメートル、幅は 21.5センチメートル、厚みは 3.9センチメートルです。
王の姿で十字架にかかるキリスト像はルッカ(Lucca トスカナ州ルッカ県)の司教座聖堂サン・マルティノに安置される大型の木像イル・ヴォルト・ディ・ルッカ(伊
Il Volto Santo di Lucca ルッカの聖顔)が良く知られていますが、キリスト像「ルッカの聖顔」が堂々とした王衣を着て王冠を被っているのに対し、ルーヴルの鍍金ブロンズ像はペリゾーニウム(羅
PERIZONIUM キリストの腰布)のみの姿で王冠を被っています。
本品はルーヴルが収蔵するブルゴーニュのキリスト像に基づいて制作された作品で、ルーヴルの収蔵品をそのまま写すのではなく、キリストの表情をより威厳あるものとしています。
我々が教会やロザリオ、聖画で普段目にする磔刑像は、たいていの場合、キリストが十字架上で苦しんでおられたり、死んでおられたりする様子を写実的に表現しています。しかしながらこのような表現が行われるようになったのは、ルネサンス以降のことです。我々が普段目にするクルシフィクスは大抵が近代以降に作られているゆえに、死刑の様子が写実的に表されているわけですが、本品はクリストゥス・トリウンファーンス(羅
CHRISTUS TRIUMPHANS 勝利のキリスト)を表しており、あらゆる陰惨と対極にあります。
我々近現代人は自然主義的描写を良しとする傾向があるゆえに、勝利のキリスト像を古拙な描写として退け、苦しむキリスト像、死せるキリスト像を十字架に取り付けるのを常とします。しかしながらキリストが受難されて終わったのでは、キリスト教は意味を喪います。キリストが死に勝利して復活し給うたからこそ、キリスト教が意味を持つのです。そのことを思い起こすとき、二十世紀の作品でありながら勝利のキリストを表現した本品は、あるべき姿のクルシフィクスであることに思い至ります。
上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きなサイズに感じられます。
本品はおよそ九十年前の品物ですが、保存状態は極めて良好です。特筆すべき瑕疵は何もありません。写真では光沢が感じられませんが、実物は写真で見るよりも光沢があります。
死に勝利する王キリストを表現した本品クルシフィクスは、キリスト教の本質を端的に可視化しています。勝利のキリストを二十世紀に再現した本品は、深い宗教性と高い芸術性を有する優れた作品であり、世俗化しつつもカトリック文化の奥深さを内に秘めるフランスならではのクルシフィクスといえます。実用性を有しつつも十分に芸術品と呼べる水準の本品は、入手困難であるゆえに手放しがたく感じます。
当店では以前に本品と同じマトリクス(打刻の母型)によるクルシフィクスを販売し、その後に見つけた本品を筆者(広川)の私物として手元に留めておりました。しかしながらアンティークアナスタシアは店であって美術館ではありませんので、思い切って売ることにしました。在庫は一点のみで、価格は前回と同じです。
本体価格 21,800円
電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。
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