精悍さと華やぎのロンジン キャリバー 19AS 黒文字盤の金無垢オートマティック 1959年


 彫刻的デザインによる精悍なロンジン。ケースは十八カラット・ゴールド(十八金)製で、バンド幅は十八ミリメートルです。

 1950年代は多様な意匠の時計が数多く作られた時代です。本品は1950年代も終盤となった年に製作された時計ですが、アール・デコ様式に基づく個性的デザインが流行した時代の特徴を色濃く纏(まと)う一方で、アラビア数字をまったく使わない文字盤は 1960年代の様式を先取りしています。





 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)と呼びます。ムーヴメントを保護する容器、すなわち時計本体の外側に見えている金属製の部分を「ケース」(英 case)と呼びます。ケースの前面、文字盤と風防を取り囲む部分を「ベゼル」(英 bezel)といいます。本品のケースは角を丸く取ったスクウェア型(正方形)で、ベゼルに華やぎを与える放射状の造形は、あたかも天体から発散する眩(まばゆ)い光を思わせます。ベゼルと同様の溝を刻んだ鏃(やじり)形インデックスが、放射光の印象を強めています。


 時計において、時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を「文字盤」(もじばん)または「文字板」(もじいた)といいます。本品の文字盤は艶(つや)のある黒で、おおむね綺麗な状態ですが、再生処理(リファービッシュ、リダン)を施したものではなく、この時計が製作された当時のオリジナルです。

 文字盤の上部には金色の文字でロンジン(LONGINES)のロゴが書かれ、植字された小部品により、翼を広げた砂時計のマークが金色に輝いています。文字盤の下部には流麗な筆記体により、「オートマティック」(Automatic)の金文字が書かれています。





 「オートマティック」(英 automatic 自動巻き)とは、時計を装着した人が日常生活の中で腕を動かす度(たび)に、その動きがムーヴメントの回転錘(かいてんすい、ローター)を動かし、ぜんまいが自動的に巻き上がる仕組みです。「オートマティック」(自動巻き)はぜんまいで動く機械式時計の仕組みであって、電池で動く「クォーツ式」のことではありません。簡単に言えば、手巻き式ムーヴメントに自動巻き機構を付加したのがオートマティック・ムーヴメントです。この時計が作られた 1959年には、クォーツ式腕時計はまだ存在していませんでした。

 手巻き式ムーヴメントとオートマティック・ムーヴメントを比べると、自動巻き機構が付加されている分だけ、オートマティック・ムーヴメントは分厚くなります。本品のケースを裏側から見ると、箱のような形をしています。ケースを側面から見ても薄い箱型であることが分かります。





 文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を、「インデックス」(英 index)といいます。インデックスの様式には年代ごとの流行があります。大体の傾向として、1940年代以前の時計では、インデックスはすべてアラビア数字ですが、1950年代から 1960年代前半までの時計では、アラビア数字とバー・インデックス(線状のインデックス)が混用されます。1960年代後半から 1970年代の時計は十二時以外のすべてがバー・インデックスです。

 スイス製腕時計の文字盤が有する様式的特徴は、年代ごとに驚くほど共通しており、例外はほとんどありません。本品のインデックスの様式も年代ごとのルールから大きく外れてはいませんが、アラビア数字を一切使わずにすべてのインデックスを幾何学図形としたデザインには、スイス時計産業の先端を走るロンジンの、1960年代風デザインを他社に先駆けて取り入れる先進性が表れています。


 本品の鏃(やじり)状インデックスは文字盤の外側に向けて開大しており、ベゼルを飾る放射状パターンと視覚的に接続します。黒を背景に輝く金のインデックスは、あたかも文字盤の中心から発散する光の矢のように見えます。インデックスの材質はおそらくケースと同様に十八カラット・ゴールド(十八金)であろうと思います。





 本品の時針と分針はドーフィーヌ型で、正中線に沿って細長い隙間が有ります。隙間にはもともとラジウムの夜光塗料が入っていましたが、現在では失われています。各インデックスの外端、文字盤の縁に近いところにも、小さな十二個の点がラジウム塗料で描かれています。これらのラジウム塗料は現在では光りません。

 ちなみに「ドーフィーヌ」(仏 dauphine)とはフランス語で「王太子妃」のことです。この型の針をどうして「ドーフィーヌ」と呼ぶのか、筆者(広川)は知らないのですが、王や王妃よりも控えめでありつつ、威厳と気品を感じさせる美しい名前であると思います。「王太子」(王位継承権第一位の王子)を意味する「ドーファン」(仏 dauphin)ではなく、女性形の「ドーフィーヌ」と名付けられているのは、「エギュイユ」(仏 aiguille 針)の性に合わせたのでしょう。フランス語の「エギュイユ」は女性名詞です。





 現代の時計は「中三針(なかさんしん)式」または「センター・セカンド式」といって、短針、長針と同様に、秒針が時計の中央に取り付けられています。これに対して 1950年代までの時計は「小秒針式」または「スモール・セカンド式」といって、秒針が六時の位置に取り付けられています。腕時計の小秒針はわずか三ミリメートルほどの長さしかなく、視認性に劣ります。しかしながら秒針を時計の中央に取り付けるのは技術的に困難で、コストがかかります。それゆえ「中三針式」は、1960年代になってようやく普及します。それ以前の時計はほとんどすべて「小秒針式」です。

 本品が制作されたのは 1959年で、男性用腕時計が「小秒針式」から「中三針式」に移行しつつある時期に当たります。ロンジンは 1832年創業の老舗ですが、高級な金無垢時計である本品を純粋なドレス・ウォッチとせず、視認性に優れた大きな秒針、ラジウムの夜光塗料、自動巻き機構といったいくつもの実用的特徴を持たせることにより、ラグジュアリー性と機能性を両立させています。





 上の写真はケース裏蓋の内側で、時計ケースのメーカーの刻印や、ケースの型式と思われる数字(88)、ケースのシリアル番号(11690)が見えます。ケースのシリアル番号はケース会社独自のもので、ムーヴメントに刻印されたロンジン社のシリアル番号とは無関係です。

 上の写真では少々わかりづらいですが、ケースのシリアル番号の上に "0.750" の数字が読み取れます。これは純度 750パーミル(75パーセント)の金を表すホールマーク(貴金属の検質印)です。金の純度は千分率、百分率で表すほか、純金を二十四カラットとして、九カラット、十カラット、十四カラット…のように表す方法もあります。750パーミル(0.750)は「二十四分の十八」と同じ値ですから、十八カラット・ゴールド(十八金)とも呼びます。





 金色のヴィンテージ時計(アンティーク時計)のケースは、ほとんどの場合金張りですが、本品のケースは金でできています。このような時計を「金無垢(きんむく)時計」といいます。本品はスイスからアメリカ合衆国に輸出された時計ですが、スイスとアメリカ合衆国では頻用される金の純度が異なり、スイスでは十八カラット・ゴールド、アメリカでは十四カラット・ゴールドが使われます。しかしながら本品は、スイスからアメリカ合衆国に輸入された金無垢時計であるにもかかわらず、十四カラット・ゴールドではなく十八カラット・ゴールドのケースを有します。

 現在の時計主要生産国はスイス、日本、中国で、アメリカ合衆国では時計は作られていません。しかしながらアメリカ合衆国は、1950年代頃まで、時計の主要生産国のひとつでした。当時、アメリカ合衆国は自国の時計産業を保護していましたので、外国から輸入される時計には高率の関税が課せられていました。この関税を回避するには、完成品の時計を輸入するのではなく、ムーヴメントを「部品」として輸入し、これをアメリカ国内で製作したケースに入れて、「アメリカ製品」とする方法が取られました。したがってアメリカに輸入された時計は、スイスのメーカーのものであっても、アメリカ国内で作られたケースを採用しています。金無垢時計の場合、アメリカ製のケースは十四カラット・ゴールドでできています。

 しかるに本品のムーヴメントはスイスで作られた十八カラット・ゴールド製ケースに入っており、完成品としてアメリカ合衆国に輸入された時計であることがわかります。本品は価格が高くても気にしない富裕層のために輸入されたので、関税分が販売価格に上乗せされても構わなかったのでしょう。

 ちなみに十八金は十四金よりも軟らかくて、ケースが薄いと変形しやすい欠点があります。しかしながら本品のケースには十分な厚みがあるので、心配は要りません。





 上の写真は本品が搭載する自社製ムーヴメント「ロンジン キャリバー 19AS」を取り出して撮影しています。「ロンジン キャリバー 19AS」は 11 1/4リーニュのオートマティック・ムーヴメントで、同サイズの小秒針式オートマティック・ムーヴメント「キャリバー 19 A」を、中三針式に改変したものです。

 先ほども書きましたが、オートマティック・ムーヴメント(自動巻きムーヴメント)は、手巻きムーヴメントと同様に、電池ではなくぜんまいで動く「機械式ムーヴメント」です。電池で動く「クォーツ式」腕時計が普及したのは、1970年代以降のことです。本品が製作された 1959年にはクォーツ式腕時計はまだ存在せず、腕時計はすべてぜんまいで動いていました。

 大きな文字で「ロンジン オートマティック」(LONGINES AUTOMATIC)と書かれている部品が、回転錘(かいてんすい ローター)です。回転錘は腕時計を装着している人の手首の傾きに応じてどちら側にも動き、ぜんまいを巻き上げます。

 クォーツ式腕時計の秒針は、一秒ごとに動くステップ・モーターにより、「チッ」、「チッ」 … と間欠的に動作します。これに対して機械式時計、すなわち本品のようにぜんまいで動く手巻き時計や自動巻時計の秒針は「スウィープ運針」といって、連続して滑らかに動きます。


 本機に限らず、オートマティック・ムーヴメントは、手巻き式ムーヴメントの場合と同様に、竜頭(りゅうず ケースの三時方向から外側に突出するツマミ)を回転させることによって、ぜんまいを巻き上げることもできます。

 手巻き時計も自動巻き時計も、ぜんまいをいっぱいに巻き上げてから一日半ほど放置すると止まりますが、しばらく使わないのであればそのまま放っておいて構いません。自動巻き時計が止まらないようぜんまいを巻き上げ続ける観覧車のような回転機械が市販されていますが、あのような物を使う必要な全くありません。自動巻き時計が止まっていれば、竜頭を何度か回してぜんまいを巻き、始動させればよいだけのことです。

 朝から夜まで自動巻き時計を使っていても、手首の動きが少なければぜんまいの巻き上げ量も少なく、朝になって時計を使おうとすると、止まっている場合があります。そのようなときは就寝前に竜頭を何回か回して、ぜんまいの巻き上げを補ってください。





 上の写真の左側には、三番車・四番車・ガンギ車の受けが写っています。受けには小さな文字でロンジンの社名(LONGINES WATCH COMPANY)、ムーヴメントのシリアル番号(1073052)、「十七石」(SEVENTEEN 17 JEWELS)、キャリバー名(19AS)が刻印されています。本品が 1959年頃に製作された時計であることは、ムーヴメントのシリアル番号によってわかります。

 赤く見えるのはルビーで、その周囲が黄色く見えるのは金製の「シャトン」(仏 chaton/chatons)という部品です。受けや地板の孔にルビーを嵌め込む際、隙間無くきっちりと固定できるように、軟らかい金属であるゴールドでルビーを包みます。金のシャトンはルビーを固定しつつ隙間を塞ぐ部品であり、いわばパッキンの役割をしています。


 機械式時計はクロックとウォッチに分かれ、クロックの一部は振り子式です。振り子は機械式時計の本体であり、機械式時計は振り子の規則的な振動(往復運動)によって時を計っています。しかるにウォッチすなわち携帯用時計(懐中時計と腕時計)には、振り子を取り付けることができません。時計が傾くと、振り子の動きが止まるからです。そこで考案されたのが、ひげぜんまいを有する天符(てんぷ)です。ひげぜんまいを有する天符は、振り子と同様の等時性を以て振動し、傾けても止まりません。

 上の写真で手前に写っている金色の大きな輪が、天符です。「ロンジン キャリバー 19AS」の振動数は「一万八千振動」(A/h = 18,000)で、これは天符が一秒間に二・五回、一時間に九千回の割合で振動する(往復しつつ回転する)という意味です。上の写真において、天符は高速で振動しているため、天輪の腕とチラネジがぶれて写っています。しかしながら天輪はあたかも動いていないかのようにくっきりとした軌跡を描いており、天真(てんしん 天符の中心軸)に曲がりが無いことがお分かりいただけます。

 天符の中心に見えるルビーは、天符の受け石です。受け石の下には穴石があり、穴石の中心の孔に天真のほぞ(細くなった先端)が嵌っています。天符の石は輪列の石のようにシャトンで固定されず、地板側、受け側ともバネで押さえられています。受け石を押さえるバネは耐衝撃装置(衝撃吸収装置、耐震装置)として働き、受けた衝撃をうまく逃がすことによって、天真のほぞが折れるのを防ぎます。耐衝撃装置にはいくつかの種類がありますが、「ロンジン キャリバー 19AS」はリュラ(希 λύρα)のような形状の「インカブロック」(Incabloc)を採用しています。





 1950年代の男性用時計のバンド幅は大抵の場合十六ミリメートルですが、本品のバンド幅は十八ミリメートルで、ヴィンテージ・ウォッチとしては大きめのサイズです。このページに掲載した商品写真は黒い革バンドを付けて撮影しましたが、バンドの色を替えることも可能です。

 本品に限らずアンティーク時計全般に共通していえることですが、時計のメーカーとバンドのメーカーは別です。アンティーク時計に付いているバンドは、たまたまその時計に取り付けられているだけのことで、時計とバンドの組み合わせに必然性はありません。本品の場合も事情は同じで、バンドの種類や色はお好みに合うものをお使いいただけます。たとえばバンドの色を赤や青、茶色等に変更すると、ずいぶん雰囲気が変わります。本品はもともと男性用として作られた時計ですが、アンティーク時計は男性用であっても現代のものほど大きくないので、女性にもお使いいただけます。


 アンティーク時計はどこの店でも修理に対応しない「現状売り」が普通ですが、当店ではアンティーク時計の修理が可能です。本品に関しても、当店では修理が必要となった場合に備え、部品取り用ムーヴメントをはじめとする貴重な部品を保管し、きちんと管理しています。アンティーク時計の修理等、当店が取り扱う時計につきましては、こちらをご覧ください。

 当店の時計は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





本体価格 428,000円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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